久しぶりに圭が富士見町に腰を据えている。
先週まではオーストリアから各地を点々として、プラハでの演奏会を終えて、日本に帰国した。
このまま3ヶ月は海外や地方に行く予定がないそう。
僕の方も今のところ問題なし。定期試験のことを考えるのはまだ先の話だし。
だから、二人とも気持ち的にとても余裕が出来ていて、今夜はこうやって二人してゆっくり過ごすことにしたんだ。
音楽室の照明はごくわずかに抑えてあって、僕らの姿だけが浮かぶように見える。窓の外にはわずかに欠けた月が浮かんでいる。
ワインを傍らに置き、僕は楽しむ為のバイオリンを弾いていた。
酔いのせいで音が少し甘くなっていることは目をつぶって。
圭はというと、いつの間にかソファーからクッションを床に下ろし寝転がって僕を見上げながらワインを楽しんでいた。
本当なら行儀が悪い恰好のはずなのに、彼がやるとなんだか退廃的って感じで魅力的に見える。
曲が終わってバイオリンを下ろし、床に置いてあったワイングラスを掬い取って少し乾き始めていたのどをうるおした。
圭が座っていないんだからと、ソファーの中央を占領して。
「ん?」
僕の足首に触れるものがある。
何かと見てみると、圭が指で触れているんだ。
素足の内側の窪みやアキレス腱のあたり、足の甲そして足裏、指の間までも。
「何をしてるんだい?」
「君はこんなところまで綺麗なんですね」
「やめてくれよ、くすぐったいから」
僕は思わず足をひいて彼の手から逃れた。
「どうしてですか?きれいなものを綺麗と言ってどこがおかしいのでしょう?」
「・・・・・酔ってるな?」
とろりととろけそうな優しいまなざしで、どんな恰好をしていても誰もが見とれるようなハンサムな男が僕を見つめている。
「ええ、酔っていますとも。君とこうやって過ごしていて、うまいワインを友にして君に触れることも出来る。極上の酔いを味わっています」
「・・・・・や、やめっ!」
圭は僕の足首を捕らえると、キスしてきたんだ。それもキスマークがつきそうなくらいのきついキスを。
「痕がついたじゃないか!」
「もちろん」
何がもちろんなんだか、とても嬉しそうだ。
「マーキングと言ったら、君は怒りますかね?」
僕は思わず笑い出していた。
「ケイ犬を復活させるわけじゃないだろうね?」
「ケイ犬でも、召使でも、奴隷でも構いませんよ。こうやって君に触れることが出来れば、僕は」
―――― 本望ですよ。
という、性悪な言葉をささやいてきたのは、僕の足を抱えながらだった。
僕の弱点を、僕以上に知っている圭は、僕が抵抗できないのをいいことに僕が陥落してしまうまで僕の足を愛撫していた。
赤面するしかないような語彙豊かな言葉をささやきながら、指一本一本まで舐めしゃぶり、くるぶしをキスでまんべんなくおおい、白く浮き出ているアキレス腱をかじるという方法で!
「・・・・・圭っ!」
僕の腰に力が入らなくなってしまい、我慢できなくなって愛撫の先をねだり出すのは、もうとっくに予想済みなんだろう。
「もっとたっぷりと濃厚に、ここが寂しがらないように」
謳うような口調で、いかにも楽しげにジーンズの裾から手が入るところまでを触れ、ふくらはぎや膝の僕が思わずぴくりと反応してしまうところは更に執拗に撫でて愛撫してくる。
彼の手が膝の辺りからその裏側まで、引っ掻くようにして愛撫されるとくすぐったさと同時にぞくりと尾骨のあたりに痺れが走っていくんだ。
「ああ、かわいそうに。ここを可愛がってあげないから泣き出してしまいましたね」
そうからかいながら、ついと触れてきたところは、僕の熱が今一番集まっている場所。ジーンズのそこを限界まで張り詰めさせじんっと湿り気がきているみたいだった。ジーンズの上からそんなことまでは見えるわけではないと思うけど、僕がどんな状況にあるのかは、きっと圭にはお見通しだろう。
「・・・・・い、いじわるをするなよ」
「おや、それは失敬」
そう言っていても、肝心な場所にはそれ以上触れてくれない。
じれったくなるようなゆるりとした動きでジーンズの前立てをなぞっている。
「ここに触れて欲しい?」
ファスナーに沿って指をすべらせてくるので、僕は思わず息をつめて、こくこくとうなずいていた。
そこはもう痛いほど熱く張り詰めていて、ファスナーがきつい。
「僕が開きますか?それとも君が開いて見せてくれるでしょうか?」
そう言われて、ぐっとつまった。
どちらも圭とのセックスで何回も経験していることのはずなのに、改めて言われるとどうしてこうも恥ずかしいんだろう。
「どちらでも構いませんよ?」
余裕を見せるのはいつも圭のほう。
きっと彼も・・・・・感じているはずなのに。
「・・・・・開けて」
僕は小さな声で頼んだ。
「どこを、ですか?」
あくまでも僕の口から言わせたいらしい。
でも僕ときたら、圭と抱き合うようになって以来、数え切れないほど抱かれているはずなのに、今日はなんだかとても恥ずかしくって声が出ない。
僕の両膝に手をついて僕の顔を覗き込むようにして様子を窺っている圭の視線に縫い止められて、動くことが出来ないんだ。
いつもならソファーから立ち上がって自分から服を脱ぐ。そうじゃなければして欲しいことを口にしてねだる。それくらいのことは出来るようになっていたのに・・・・・今日は無理だ。
「・・・・・シャツを」
ジーンズの前立てを。
と言うつもりだったのに、気後れのせいで無難な場所を口にしてしまった。ああ、なんて小心者の僕。
圭の手がおもむろに僕のシャツにかかり、ボタンを一つずつ外していった。でもそこまでで、シャツを脱がせてはくれなかった。
「次は?」
圭だって本当は僕がどこをどうして欲しいのかよく分かっているはずなのに、叶えてくれる気はないらしい。
乾いてしまった唇を開いて、のどに絡んで出てこなかった声をようやく押し出す。
「・・・・・ま、前立てを」
「はい」
圭は僕のジーンズに手を掛けてファスナーを開いてくれた。静かな部屋の中にチリチリという音が小さく響いていくにつれてジーンズの前立てが開かれ、硬い生地に押さえつけられていた僕の昂ぶりは少しだけ楽になった。
「これからどうしますか?」
圭の余裕が少し憎らしい。
圭は僕をじらしながら、懇願して全てを投げ出すのを待っている。彼の望み通りを口にしていたらどうあがいても、最後には僕だけが全裸になっているだろう。
圭は全然乱れた様子を見せることなく。
でもそうなったとき、僕は恥ずかしくていたたまれなくなってしまう。
「・・・・・君が脱いで」
だから、圭に先に裸になってもらおうと思ったんだ。
「はっ・・・・・?」
僕が思いもかけないことを言ったからだろう、圭は目を丸くしてみせた。でもすぐに何事もなかったかのように極上の微笑みを浮かべて最敬礼してみせたんだ。
「仰せのままに」
そう言って、ゆっくりと着ていたものを脱ぎ出した。
急ぐことなく、でもためらうこともなく、まずシャツを脱いでいった。袖のボタンを外し、ズボンから裾を引き出す。
いつもしているような動きがとても、その・・・・・色っぽいんだ。
別にストリップのようにわざとらしく見せようとしているわけじゃない。
それでも、ちょっと流し目で僕の方を見るときの目つきや、ボタンをはずしていく指の動き、ぱらりと落ちてきた髪をはらうしぐさが僕の目をくぎづけにする。
僕はまるで固まって目を離すことが出来なくなってしまったかのように、圭が着ていたもの全てを脱ぎ捨てて僕の前に立つのをじっと見ていたんだ。
圭はもちろん・・・・・その、勃起していて、いつもよりも大きく猛々しく見える彼自身を思わずじっと見つめてしまい、あわてて目をそらした。
「さあ、悠季。このあとはどうしましょうか?」
圭のやさしい声が、僕を引き返すことが出来ない場所へと堕していくようだった。
「・・・・・全て・・・・・僕の全てを脱がせて。君の好きにして。僕を喰らい尽くして・・・・・っ!」
彼の言葉にそそのかされて、僕はうわごとのように言葉を放つ。
「仰せのままに・・・・・!」
圭は脱がしかけていた僕のジーンズと下着を剥ぎ取ると、襲い掛かってきた。
僕は目眩がするほどの歓喜をもって圭に手を伸ばす。圭の情熱のうねりに喜んで身をゆだね
・・・・・溺れた。
「愛してます、悠季、悠季・・・・・!」
「・・・・・圭!・・・・・愛してる・・・・・っ!
そして僕は彼の求めを自分の望みとして、たっぷりと啼かされ、むさぼり尽くされた。
次の日。
僕が目を覚ました時、太陽は既に高く上り切っていて、西へと傾こうとしていた。
当然の結末。
・・・・・ああ、またやってしまった。
Toccare
…に触る、触れる、(物が)…に当たる、手直しする、手出しする
以前、「肌色音色」様に差し上げたものなのですが
フジミサイトを閉じられたようですのでこちらに公開することにしました。
「差し上げもの」ではありますが、裏仕様ですので、こちらに掲載です。
2014.7/7 up