Teddy bear
夜、寝ていると圭が僕を抱き込んで眠っていた。
「圭、苦しいよ」
それでも、彼の腕は僕を放さない。
性的な感じはまったくない。むしろ不安でしかたがなくて手放せないみたいだった。
以前にもこんなことがあった。
僕が日コンに挑戦していた頃のことだ。
二人でコンクールに挑戦することになって、大きなコンクールへの参加にすっかり迷い込んでしまった僕のせいで、ガーディアン役を買って出てくれて、
ついには自分を追い詰めてしまっていた。
考えてみたら、彼もコンクールは初挑戦だったのにね。
情緒不安定と不眠。
そんなとき、毎晩まるでテディ・ペアでも抱いているかのように僕を抱きすくめて、
やっと安心したように眠っていた。
そして、今回も。
大きな子供君。今度は何が君を不安がらせているんだい?
今は二人ともきちんと自分の音楽に向き合っていくことが出来るようになったはずだろう?
君はプロの指揮者として世界を飛び回り、僕はロン・ティボー国際音楽コンクールを受けるために奮闘中。
コンクールは福山先生が僕に命令されたものだから、あまり威張れたものじゃないけどね。
バイオリンの講師とフジミのコンマスという居心地がよくて楽な場所に座り込んでいた僕の背中を押して頂いたんだ。
ちゃんとプロのバイオリニストとして立てという無言の叱咤。
だからこそ、君も喜んでくれて、全面協力を申し出てくれた。
ああ、でもそう言いながらも、心の奥底では迷ったり後悔したりしてるのかな。
この挑戦が僕にとっても厳しいものになりそうだから。
安穏とした伊沢邸での二人の暮らしが、最初に犠牲になる。
僕はきっとまた君を置き去りにして、音楽にのめり込んでしまうだろうから。
ごめんよ、圭。
君が二人で暮らす生活をなにより大切にしているのを知っているから。
もう少しだけ、わがままをきいてくれ。
音楽家としての君にではなく、大人の男としてかっこよくて寛大な君の中に潜んでいる、子供の君に懇願する。
きっと君のもとに帰ってくる。ちゃんと『お土産』を持って。
ロン・ティボー国際バイオリンコンクールの優勝
・・・・・とまではいかないだろうけど、それなりの成績を。
だから、もう少し頑張ってみるよ。
僕は居心地のいい場所を求めてちょっとだけ動くと、彼と抱き合う幸福を味わいながらもう一度眠りにつくために目をつぶった。
最初に書いたときは小冊子「Novellette」をもとにしたお話でした。
こうなったらいいなーという期待も込めて書いたわけですが、その後原作の流れが変わってしまいましたので、少々部分的に変えました。
まあ、内容的にはほとんど変わりはないですね。(笑)