しょ こう
曙光






「そんな、まさか・・・・・」

その知らせは、とある深夜緊急な要件だとして、恋人との情熱的な夜を過ごしたあとぐっすりと寝込んでいたところをたたき起こされるようにしてもたらされた。

手紙を持ったまま呆然と動かなくなってしまった青年のほっそりとしたはだかの肩に極上等の柔らかな絹の長衣がかけられた。

先ほどまで寝台を共にしていた長身の青年の心遣いだった。

彼は恋人の肌が冷えないようにときちんとおおうと、そのまま黙って部屋の奥の灯火の届かない影の中へとその身を控えた。

「父が亡くなったそうだ」

「スルタンが・・・・・!!」

 長身の影は驚きの声をあげた。

「しかし、これは本当のことなのだろうか?本当に父は亡くなったのかな」

「ユウキ!そんな恐れ多いことを」

とがめる声は小さい。二人ともその可能性があることを承知していたのだ。

「もしかしたら、これは僕をイスタンブールへと呼び戻すための罠かもしれない。僕に死を賜るために」

 ユウキの言うことには重大なわけがあったのだ。






彼のユウキという名前は正式なものではない。

本当の名はコーランの中に出てきた名前からつけられている。

しかし親しい身内から呼ばれるとき、彼は幼い時に使っていたこちらの名前を使うことを好んだ。

けれど現在、身内で彼をこの名前で呼ぶものはいない。

母親は遠く暮らし、三人いた兄たちは父親であるセリム一世に反逆の罪を問われ、すべて死を賜っている。呼ぶのはただ一人、第一の側近であり恋人でもある彼だけだった。

 父親セリム一世は後の世に「冷酷者ヤヴズ」と呼ばれるような非情で残忍な施政者であった。

自分がスルタンの地位に就くためにありとあらゆる手を用い、ついには兄弟たちすべてと父親を殺して今の地位についている。

もっとも、後継者争いの中ではそうしなければ逆に自分が殺されてしまうことになるのがわかりきった話であり、生きてスルタンとなるためには親であろうが兄弟であろうが死んでもらわなくてはならなかったのだが。

 ただ一人の息子であり後継者となっていたユウキだが、油断はできなかった。彼の命は父親の気まぐれにさらされていたのだから。

彼はいつ父からの命令書が届くかと毎日のようにびくびくとしながら暮らしてきた。実際に何回も暗殺をしかけたらしい事件はあり、その絶望と恐怖から逃れるようにただ一人の恋人にすがっていた。

「しばらくお待ちください。調べてまいりましょう」

 そう言うと長身の影はするりと部屋を出て行き、しばらくして戻ってきた。

「イスタンブールにひそませていた手の者からも知らせが参っておりました。大宰相ピーリー・パシャが急きょイスタンブールに向かっているそうです。今回の情報は間違いなくスルタンが亡くなられていることを示していると思います。スルタンの魂がアラーの御許において安らいでおられますように!」

「ではマニサここを動かないわけにはいかないな」

「ご葬儀に出席されなければ後継者の権利をはく奪されてしまいます。急いでイスタンブールへお戻りください」

「・・・・・ケイ」

「はい、ご前に」

ユウキが声をかけると、長身の影は火明かりの光の届く所へと進み出た。

 目を見張るような美貌の持ち主だった。

彼はもともと海賊にとらわれて奴隷となった身だった。その美貌と才能を認められてユウキのもとへと献上されてきた。ユウキが気に入り、やがて愛しあうようになって最大の理解者であり、協力者となっていた。

 イスラムに連れてこられた時に改宗させられて『イブラヒム』という名になっていたが、二人だけの時だけ、ユウキは彼のことをケイと呼んだ。

「僕はもういつ命を失うかという心配をせずにいられるんだな。僕の好きなように動けると・・・・・」

「今こそあなたは念願だった改革が始められるのですよ」

「ケイ」

若きスルタンはケイに向かって言った。

「僕は僕の名と同じ、ソロモンの栄華を手に入れることが出来るだろうか」

「はい」

「かつてのローマが手にした以上の領土を我がオスマンは手に入れることが出来るかもしれない。祖父や父が果たせなかったシリアやエジプトを手に入れることが僕に出来ると・・・・・?」

「あなたなら必ず出来ます。あなたのお名のごとくこの世のすべてのものを支配するでしょう」

「本当に・・・・・?」

「あなた様の輝かしい未来をお疑いになられるのですか?私がずっとおそばにおります。全力を尽くしてお手助け致します。きっと望みのものを手に入れられるようすべてをささげましょう」

「いつまでも僕のそばに・・・・・?」

「あなたが望まれる限り、いつまでも」

 ケイはユウキの前に膝まずくと、彼の白くて形のよい足の甲にくちづけた。それから両方の膝に、そして両方の手のひらに。

「愛しています、ユウキ」

 立ち上がると、そっとユウキの頬に手を添えてキスをした。

「・・・・・ならば、この手に玉座を獲りに行こうか」

「はい、お心のままに」

 ユウキは立ち上がるとそのまま部屋を出て行き二度とこの部屋には戻らなかった。彼の後にはケイが続き、二人と護衛の軍勢は一路イスタンブールを目指すことになった。

 スルタンの地位を手にするために。






これが若き日のスレイマン、後の世に壮麗者と呼ばれた青年と、オスマン帝国に多大な業績を残した大宰相イブラヒムの始まりの物語となった。






1520年 スレイマン25歳の時である。















【あとがき】


まずスルタンというのがトルコ、オスマン帝国の皇帝の名称だというところから始めないといけないですね。(笑)

第10代皇帝スレイマン(キリスト教の言い方だとソロモン(←聖書にも出て来る有名で偉大な王様と同じ名前)になります)大帝の若き日の話、という設定です。

本当は彼が男性の恋人を持っていたということはなさそうなんですが、大宰相イブラヒムへの寵愛というのは極端なほどのものがあったようです。

地位や名誉や財産をこれでもかというほど与えていたらしく、そのあたりが腐女子フィルターにひっかかってしまいました(笑)

ただの側近にそれほど肩入れするか? とね。

いつ殺されるかおびえている王子様とそれを支える美貌と才能あふれる側近。

「君なら出来ます!・・・・・じゃなくて、あなたなら出来ます!」

おお、どこかで聞いたフレーズ♪

というわけでフジミパロディ。

夢枕獏さんの小説「シナン」を読んでこんなふうに妄想したわけですが、この本を読んでも拍子抜けすること間違いなしです。

本来の主人公シナンは建築家で、モスクを建てる話ですから。(爆)









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2009.10/27 up












どうでもいいウンチク話なので、こちらは読まなくても構わないように、下にこっそり入れました。


Wikipediaからの引用です。


【ソロモン王】
紀元前1世紀頃の人物。
イスラエル王国の王ダビデ(←ミケランジェロの彫刻で有名)の子。
父の死後、他の王位継承を狙う者たちを打倒して王となった。

ソロモンは神に願って知恵を与えられた。
ここからソロモンは知恵者のシンボルとなった。

ソロモンのもとでイスラエル王国は繁栄をきわめ、ソロモンは初めてエルサレム神殿を築いた。晩年、臣民に重税を課し、享楽に耽ったため財政が悪化、ソロモンの死後、イスラエルは分裂、衰退していくことになる。

「ソロモンの栄華」「ソロモンの知恵」など、今に残る修飾語が出来た。

【スルタン・スレイマン1世】
(Kanuni Sultan Süleyman、オスマン語 سليمان Sulaymān, トルコ語 Süleyman、1494年11月6日 - 1566年9月5日)は、オスマン帝国の第10代皇帝(在位: 1520年 - 1566年)。

46年の長期にわたる在位の中で13回もの対外遠征を行い、数多くの軍事的成功を収めてオスマン帝国を最盛期に導いた。英語では、「壮麗者(the Magnificent)」のあだ名で呼ばれ、日本ではしばしば「スレイマン大帝」と称される。トルコでは法典を編纂し帝国の制度を整備したことから「立法者(カーヌーニー القانونى al‐Qānūnī) /Kanuni)」のあだ名で知られている。

なお「スレイマン」 Süleyman とは、ユダヤ教やキリスト教と共にイスラム教でも聖典とされる旧約聖書に記録された古代イスラエルの王、「ソロモン王」のアラビア語形である「スライマーン」 سليمان Sulaymān のトルコ語発音である。