シャンパンの夜








「ほら悠季、着きましたよ」

「ん〜〜」

 彼はすっかり酔いつぶれてしまっていて、僕の言葉にも答えなかったし、横抱きではなく消防士のように僕の肩に担いでいても文句も言わなかった。

 ベッドのカバーをはずし、シーツの上にいささか乱暴に下ろしても、うるさげに顔をしかめたがすぐに安眠の表情に戻ってしまい、すやすやと眠ったままで起きる気配もなかった。

「やれやれ。すっかりあの酒が効いてしまったようですね」

高嶺のパーティで、うっかりジョークで飲まされてしまったテキーラ割りの甘口のシャンパン。

 それを飲まされた悠季は、もともと酒が弱いこともあってあっけなく酔いつぶれてしまったし、僕はと言えば、悔やんでも悔やみきれない大失敗をしでかしてしまった。

 まさか一番気を使わなくてはならないはずの、悠季の師匠に対して僕らの関係を喋ってしまうとは!なんたる失策!なんたる失態!

 しかし一度口から出てしまった言葉はもう取り戻せない。明日、いやもう日付が変わっているから今日だが、同じホテルに泊まっている福山師に悠季がなんと言って叱られるか。いや、もしかしたら破門という最悪の結末も有りうる。

 ああ!僕は何ということを口走ってしまったのか!?

 ばたん、と 悠季が寝返りを打った。なんの夢を見ているのか、ほんのりと笑った。きっと彼は今日の演奏の成功だけを胸に、幸福な眠りをむさぼっているのだろう。

 僕は知らぬが仏のノンキさそのものの姿にいささか腹が煮えた。

 これは八つ当たりだと分かってはいたが、いくらか鬱憤晴らしのつもりで彼の服を全部脱がしてやった。シャツをはがしズボンを引き抜き、下着を下ろしても彼はまだ目を覚まさない。

 彼の生まれたままの姿を見て、少し機嫌が直った。

 いつもの彼は、僕がこんな無防備な姿をじっくりと見ようものなら、恥ずかしがってあっという間に姿勢を変えるか、毛布の中に隠れこんでしまう。こんなにも綺麗なからだを持っているのに、彼はそれを誇ろうともしない。

 掌に吸い付くような皓くてなめらかな肌。僕は指と掌で彼のからだを気ままに彷徨っていった。

 くっきりと影を映す鎖骨。薄く胸筋のある胸にはささやかな飾りが並んで置かれている。ここは敏感だからさけて、平らな腹のかわいい臍のまわりを悪戯した。それから、下にある淡い下生えをそよがせてみた。下生えが守っている薄く色づいているペニスは、彼が間違いなく男だと主張していた。

 酔いを纏わりつけた悠季は、皓い肌をほんのりと薄紅色にさせてなんとも艶かしい。この艶姿は僕との交歓の最中に、官能だけを追い求めている最中の肌の色だ。しっとりと濡れた肌に熱いあえぎをこぼしながら、僕だけを求めてくれる彼の。

 しかし、今宵はまだ彼の欲望は眠ったままだ。

 悠季の全裸の姿に触れて堪能した僕は、今度は舌で彼の唇に触れてみた。端から端までたどると、くすぐったいのか微笑の形に口角が引き上げられた。

 頬からおとがいにむけて唇を滑らせ首筋を舌でたどると、いつもより少し早い脈拍が伝わってくる。胸へと顔を動かし、ゆるゆると乳首を舐めて愛撫すると、ふっと眉がひそめられた。ぴくりと彼の手が動いた。

 おっと、ここで嫌がられて姿勢を変えられてはまずい。

 僕はそれ以上弄るのをやめて、下へと移動した。

 彼は自分が女顔だと気にする。なで肩だと不平を言う。だが、この腹の筋肉を触ってみれば彼が男性だとはっきりと分かるではないか。

 バイオリンを支えて長時間立っているには十分な腹筋や背筋が必要だ。彼はバイオリンのためだけにこんなにバランスのよい筋肉をつけているのかもしれなかった。

 ああ、なんて綺麗なからだだろうか!

 このまま寝かせてあげるつもりが、すっかり抱き合いたい気分が盛り上がってしまった。だが果たして僕の望みは叶えられるだろうか?

 僕も全裸になって悠季の横にもぐり込み、手をのばして彼のペニスを握ってみた。ここもまだ眠っていて柔らかい。

 どうせ反応はあるまいとあきらめつつも、ゆるやかにしごいて愛撫してみた。すると僕の予想に反して次第に固くなり、熱くなって勃起してきた。

「ん・・・・・う・・・・・ん・・・・・」

 悠季が甘く喘ぎ始めている。 

 これは、いい。

 僕は毛布の中にもぐりこむと、彼の滑らかな勃起をくわえて舐めしゃぶった。

「あ・・・・・んっ!うふぅ・・・・・」

 彼がたまらなげに甘いうめき声を上げ、腰を揺らしてさらなる快感をねだっている!

 探ってみたアナルは、まるで僕を待ち構えていた風情の柔らかさで探りの指を呑み込んでいく。

 熱く締まったソコは僕の指をきゅっとくわえ込んで放そうとしない。見れば悠季の性器も先走りをこぼして僕の行為を喜んでいる。

 一度指を抜こうとすると、離れまいとして締め付け、また緩めてくる。そのタイミングを狙って二本目の指を添えてぐっと突き入れると、「ああん・・・・・!」と愛らしく声を上げた。中をかき回すように動かすと、いやいやをするようにあどけないしぐさで僕を魅了する。

 僕は指を引き抜き、勃起しきっていた怒張をぬくりと呑ませた。悠季は絶妙の抵抗感で受け入れてくれて、熱く湿った奥へ奥へと誘い込み絡み付いて締め付けてきた。

 ああ、いい・・・・・!

「あ、あんっ!」

「悠季?」

 その感じやすさと敏感な反応に起きているのかと顔を覗き込んでみたが、眠りは浅くなっているようだがまだ眠っているようだった。

 せつなげに眉をひそめた美貌がなんとも悩ましい。

 ため息まじりに、「ああ・・・・・んっ!」と啼いてみせて、僕はたまらなくなった。

「イきますっ!」
 僕は彼の足を肩に乗せると、さらに奥へと突き進み、激しく腰を打ちつけた。

「あ・・・・・あ・・・・・ああっ、ああっ、あんっ!ああんっ、ああんっ!あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!ああっ!ああんっ!!け、圭っ、圭っ!あ・・・・・っ、う!〜〜〜っ!!!」

 僕たちは絶頂への階を駆け上がると、虚空へと真っ逆さまに墜落していった。

 悠季はガククッガククッと全身に痙攣を走らせながら、得も言えぬ快感を味わっている表情が色めかしい。

 だが、まだまだこれからだ!まだ足りない。これでは満足出来ない!!

「まだまだっ!これからですよ!」

 僕は宣言した。

 そう。このミューズに愛されているこの人を僕の手に取り戻さなくてはならない!

「あ、圭、キス、キスを」

 目はつぶったままだったが、そう求めてきた悠季の声音は目を覚ましているそれで、

「起きましたか」

 と言ったら、薄目にあけたまぶたの下から「あたりまえだろ」と睨んできた。

 しかし、彼の目の色には僕のした行為に対しての非難はないようだ。かれもこの行為を嫌がっていないらしい。まだ酔いの中にいるからかもしれなかったが。

 では、メイクラブの続きを。

 僕は夜が白々と明けるまで、彼を堪能し我が手に取り戻した安堵感を味わっていた。

 だが、ミューズたちの手から取り戻したのはつかの間で、すぐにまた彼女たちの手元に引き戻されてしまうことを承知している。音楽という芸術を選んだ僕たちの宿命だとはわかっていることだ。

 けれど、僕は頭では理解していても心では納得していないのだ。そうだ。僕は彼に対する時には、聞き分けのない赤ん坊のままなのだ。




 そうして、僕はこのことで更に迷路に踏み込んでしまうことになるのを、この時はまだ知らなかった。










生島高嶺のカーネギーホールコンサートの夜の話です。
今更なんですが、はい。(笑)

笑ってスルーしてやってくださいませ。


2006.5/24 up