執事の心得
現在の僕はこの家の大家だということになっている・・・・・らしい。
僕がそう言ったわけではない。
現在、伊沢邸に住むお二人のうち、僕の愛してやまない堯宗様の血筋の圭様が、こよなく愛されている伴侶・・・・・、守村悠季様の言われた言葉だ。
その方の名前はお二人が屋敷に引越しされた日に知った。ピアノを運んできた弟重三郎と挨拶をしているのを陰ながら見聞きしていたのだ。僕への差し入れとおぼしきおにぎりとおでんを前にして、
「これは大家さんへの付け届けですから」
と。
その時に宙宇をさ迷いつつも、この屋敷から離れられなくなっていた僕の魂は、目的を明確にされて役割が決まったような気がする。
僕は、伊沢光一郎。
現在、伊沢邸と呼ばれている屋敷に住むお二人を守る役割を担っている。
僕の役目はなかなかに忙しい。
あるときはこの屋敷にはふさわしくない者の出入りを妨げ、ある時はお二人の身に起きそうなトラブルを未然に防ぐ。
冗談ではあっても(当然、冗談ではなければすまされない)無礼な言葉を吐いた宅島氏にはいささかの警告を与えたりもした。好奇心旺盛な小夜子様には、申し訳ないがご退場されるようにお勧めしたりもした。
守村様がガラ・コンクールに向けて一心に練習なさっていたときには、時間を見計らってこちらへと意識が戻るようにそれとなく気を向けさせたり、健康に気をつけるように僕に出来るだけのことはやったつもりだ。
あまりたいしたことは出来なかったが。
最近は更に僕の役割も難しくなっている。
お二人がこの屋敷に大勢の人間を招くようになってきたからだ。
伊沢邸の二階には三部屋があり、一つはお二人の寝室、そして客用寝室。その間には書斎兼書庫となっている一室が置かれている。その部屋にお二人が所属していると言う楽団のメンバーを招いて練習するようになさるようになっているからだ。
屋敷の管理人を自認している僕としては、お客様が快適に過ごせるように心配りすると同時にお客様がふらふらと入ってはいけない場所へ足を踏み入れないように気を使うことも大切な役割となっている。
ああ、そちらの寝室はたとえドアノブを回しても開きませんよ。僕が閉じています。お客様がいらっしゃるのはその隣のお部屋です。
パーティーを開くには狭すぎて、この屋敷でパーティーが開かれたことはかつてなかったが、今年はガーデンパーティーをお二人が開かれることになった。お二人が所属しているオーケストラの、親睦を深めるための納涼会ということらしい。
近隣とのトラブルはないはず。気持ちよくパーティーが開いていただけるだろう。
この屋敷に空き巣に入ろうとするものは僕が阻止してきた。両隣に入ろうとしていた者たちも同様。
お二人が留学のために伊沢邸を留守にしていた時、どこかの中学生らしい者たちが胆試しを計画したらしく、この屋敷に忍び込んできたときには、たっぷりと冷や汗をかいてもらったこともあるが・・・・・。
まあ、それは彼らの自業自得というものだ。
時折ここに訪れてくれる弟の重三郎が今回のパーティーに呼ばれて執事としての職務をこなしていた。彼のきびきびとした働きがまた見られて兄の僕としても嬉しかった。彼の様子から御前様がお元気そうなのも察せられて、更に嬉しく・・・・・。
そんなふうにして僕は大家としての務めをきちんと果たしている。お二人の仲むつまじいお暮らしぶりは、自分と御前様とでは出来なかったおだやかな平穏に満ちているのが心地よい。
執事たるもの、あるいはこの家の守護たるものお二人のプライベートには十分注意し、お邪魔はしないようにしている。・・・・・馬に蹴られるのはまっぴらだからだ。
特に寝室においては。
お二人の甘く惚気た日々は、ほほえましくも苦笑を誘われるものとなっている。
「悠季、そろそろ起きませんか?」
「・・・・・ん・・・・・。起きる・・・・・・・・・・・・・・・」
「起きるんですか?このまま寝ているんですか?」
「起きるよ・・・・・ちゃんと起きる・・・・・」
「困った人ですね。朝食の支度は僕がやっておきましょう。君はシャワーを浴びていらっしゃい」
「・・・・・・・・・・うん・・・・・。ああ、圭の匂いだぁ・・・・・」
「悠季、吐息がくすぐったいですよ。
・・・・・こうやって君の髪を梳いていると、次には頬に触りたくなる。君の髪の毛は柔らかくてさわり心地がいいですね。
色めかしい首筋にも、なだらかな背筋にも、それにあでやかな胸の飾りにも触りたい。とても気持ちがいいですよ。
キスもしたくなりますね。ああ、なんてなめらかな肌だ。君のここにも触りたくなりますよ・・・・・」
「こらぁ・・・・・どこに触っているんだよ・・・・・圭っ・・・・・そんなところにキスしないで・・・・・っ!」
「いいですね。君が起きぬけは、無意識の媚態がたまらなくそそられますよ」
「単に寝ぼけているだけじゃないか。あばたもえくぼだよ」
「そんなことはありませんよ。君は自分の魅力を知らなさすぎるんです」
「朝っぱらから照れるようなことを言うなって。もう起きるよ」
「おや、起きてしまうのですか?・・・・・それは残念」
「誰のせいで起きられなくなってたと思ってるんだよ。昨日僕を放さなかったのはどこの誰?」
「おや、『やめないで』と僕にしがみついてねだっておられたのはどなたでしたかね?」
「・・・・・ばかっ!」
「おっと!枕を投げてもあまり効果はないと思いますがね」
「もう!わかったよ。君には体力だけじゃなく口だって勝てるはずがないって悟っておくべきだった。
先に下に行ってて。シャワーを浴びてすっきり目を覚ましてから行くよ」
「分かりました。しかしその前に・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!・・・・・んんっ!・・・・・あ・・・・・んっ!!」
「ごちそう様、美味しかったですよ、悠季」
「・・・・・朝っぱらから濃厚すぎるよ・・・・・」
「ああ、失敬。手伝いましょうか?悠季」
「そんな手伝いは必要ないって。シャワーを浴びればいいんだから。やめろって・・・・・圭っ・・・・・もうっ・・・・・!・・・・・うふ・・・・・んっ」
今日もあつい一日になりそうですね。
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Ikue Y様からのキリ番リクエストです。
リクエストありがとうございました!
【家主さんでもある『肖像画の光一郎さん』がいつも見ている!? ふたりの甘〜い生活】
と言うのがお題だったのですが、あまり甘い感じがしませんね。(泣)
どうも甘いというのは苦手でして、何度も書き直しましてようやくここまで。
精進しますぅ・・・・・。 (>_<) |
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2007.7/13 up