海嘯幻想













「どうか逃げてくれ! ユウキ、お前だけでも!!」



「父さん!!!」






海は総てを呑み込み、包み込み、覆い隠す。

波間の底に、歴史を沈めて。

深海の穏やかなる流れの中でも、癒されることのない悲しみは、

彷徨える魂は、一体何処へ往くのだろう。

















潮のにおいが変わる。航海に慣れた体は、それを敏感に感じ取った。
睨んだ先にあるのは、不気味なまでに巨大な暗雲。徐々に広がるそれを、どうして恐れずにいられようか。
海の男たちの動揺が広がる中、最初に気付いた彼は凛と命令を下した。

「怯むな、帆を上げろ。帝国が誇る最強の艦隊が嵐ごときで沈むようでは、世界中の笑いものだ。」


整然と隊列を組んで進む艦隊。その先頭を往く船は、一際力強く波をかきわける。


「全艦、展開、嵐を回避する!岩礁に気をつけろ!!」

次第に、風が荒れはじめる。だが、甲板に立つ若き提督は、臆することなく短き髪を靡かせていた。
ふと。
風の音の中に、よく似てはいるけれど、質の違う何かが混じっていることに気付く。

美しい、美しいそれは・・・。


「畜生! よりにもよってセイレーンかよ!!」

マストの上でロープを結んでいた男が叫んだ。
嵐にはいくつもの種類がある。だが、その中で一番恐ろしく、熟練の船乗りでさえもまず助からないといわれているのが、海の魔女・セイレーンの嵐だった。嵐を物理的に乗り切ればいいわけではない。セイレーンの歌声は、船乗りを惑乱し、まともな判断ができないようにしてしまうのだ。
だが。提督の瞳は自信に満ち溢れていた。

「セイレーンが何です!? 忘れたのですか、僕たちは帝国海軍なのですよ?」

最初は迂回するつもりだった嵐も、近づくにつれて逃げることは不可能だと知る。
ならば立ち向かうまでだと、海の男たちは覚悟を決めた。
彼らに勇気を分け与えるように、提督は雄雄しく風を受けて立つ。

歌声は、少しずつ大きくなっていく。激しさを増した風は雨を伴い、船とその上にいる者たちに容赦なく叩き付けた。
それでも提督は船室へ避難しない。どうすれば嵐を抜けられるのか、両の目を開いて見極めようとしていた。
雷光が閃く。その瞬間。
波間に見えた影を、彼は見落とさなかった。

同時に、歌声だと思っていたものが、実はヴァイオリンによって奏でられていたことを知る。
魔のヴァイオリン奏者は、波間から上半身を露にしていた。
その皓い身体に、目が吸い寄せられる。

(驚いた。男のセイレーンもいるのだな。)

しかし美しい。心を惹きつける強烈な引力を感じる。奪われるなと心に再度言い聞かせなければ、さしもの提督も心を保つことができそうにないほどに。

(しまった・・・。これは、思ったより強敵だったか・・・。)

耳を塞げば音は聞こえなくなる。そんなことは判りきっているのに。
だが、なんと美しい音色だろう。
そして、なんと切ない音色だろう。
胸を鷲掴みにされるほど悲しく、哀しく。
提督は、頬をつたう雫が雨より温かいことに気付いた。
嘆きの詩の歌い手は、風音も雨も思考に入らぬようにヴァイオリンを弾きつづける。
これほどまで美しい生き物を、提督は見たことがなかった。



「提督!! 倉庫から浸水が!!!」

涙混じりの声が、提督を現実へ引き戻す。幻想を解かれたことを忌々しく感じたがそれも一瞬のこと。
囚われかけていた自分に気付き、目を覚まさせてくれたことに安堵する。

「破損した部分をすぐに修復しろ。水は動ける者全員で汲み出しにかかれ!!」

凛と響く声はセイレーンの作り上げた呪縛を破る。見るとセイレーンはヴァイオリンを降ろし、こちらを見ている。

目が合った。
蒼き海の色の瞳。
途端に胸を支配する、熱い感情はなんだろう。

振り切って前を見つめた。
嵐はようやく、遠ざかろうとしている。












聖ローマ暦658年

時の女帝セレナータは、最高の楽師を花婿に迎えるという勅令を発布。
野心を抱いた地方貴族・門閥貴族は、それぞれに楽師を立て、皇都に向かう。
優勝候補は赤のヴァイオリニストと称された、ヨッシーノ公爵家の長男、カザール。
南都フィレンツァを後援都市に、威風堂々と入城を果たす。
対抗馬として注目されたのが、蒼のヴァイオリニストと称された、モーリア公爵家の長男、ユウキ。
田舎貴族と馬鹿にされていようが、その清廉な音に魅了されぬ者はなく。
北都ミラノから、皇都ローマを目指して進撃。

用意された椅子は一つだけ。
選ばれるのは、果たしてどちらであろうか。













帝国艦隊は、どうやら無事に嵐を乗り切ったらしい。多少船が傷んではいるが、怪我人もいないようだし、港へ停泊するまでは何とかもつ程度であろう。
ユウキはほっとして、艦隊が去るのを見送っていた。
また、船を沈めてしまうところだった。ヴァイオリンを弾くたびに、いつも嵐が起こる。船が沈む。
それでも弾かずにはいられない。陸上の生物が、乾けば水を求めるのと同じように、三日と明けずヴァイオリンを求めてしまう。
化け物、とユウキは自嘲した。
死んでしまえばいいと何度思ったことだろう。だが、哀しいかな。ユウキ自身、この身体の殺し方を知らなかった。
そして今日もまた、同じ過ちを繰り返しかけて。
救われたのだ。あの艦隊の中で、最も勇敢なあの男に。
彼は自分の嵐と真正面から対決し、乗り切ってみせたのだ。
一瞬だが、目が合った。綺麗な瞳だった。
黒曜石の力強い煌き。見惚れてしまった。
同時に身体を駆け巡る、得体の知れない切なさはなんだろう。

二度と、彼の前には現れるまい。ユウキはそう心に誓った。
彼の前でヴァイオリンを弾かなければ、彼の前に現れなければ、彼が沈むことはないだろう。
初めて出会ったあの男を、ユウキはどうしても殺してしまいたくなくて。












聖ローマ暦659年

「ユウキ、お前は間違いなくこの国一番のヴァイオリニストだ。我が一族の誇りだよ。」
「父さん・・・。」
「・・・すまない。私にもう少し力があれば。」
「いいえ、父さん。あいつらが悪いんです。僕は、僕はただ・・・!!」


「ただ、ヴァイオリンを、この曲を弾きたかっただけなんだ!!!」












あれから、嵐に遭わない。時化は何度か訪れたが、提督が待つのはそんなものではなかった。
彼に、あの海上のヴァイオリニストにどうしても逢いたかったのだ。
嵐の後、停泊した都。いつもならば旅の無事を祝って酒を酌み交わし、街でその場限りの恋人を作って船上では晴らせぬ情熱の夜を過ごした筈だった。
だがその夜は、どれほど酔ってもその気になれない。どんな娼婦や男娼に言い寄られようが、見劣りがしてしまうのだ。
誰と比べているのか。あのセイレーンだと気付いて、愕然とした。
人ならぬ者に恋をするなど、何という背徳、何という滑稽。
けれども、もうあのヴァイオリニスト以上に美しいものなど、この世には存在しないと思えた。
もう一度逢いたい。嵐など、恐れはしない。
そうして若き海軍提督は、航海を繰り返した。暗雲を目指して。美しい音色を目指して。
なのに、何の音沙汰もなく、ただ日々を無駄に費やした。
海は広く果てしなく。一体愛しい人を何処へ隠したというのか。


「トゥイール提督、お目当てはまだ見つからないみたいだな。」
成果が得られないとなれば、酒も飲みたくはなる。だが、癒しを求めて訪れた場所で、更なるストレスを買い込んではたまらない。
こうしていつも自分を茶化してくる連中がいることは、最初から予想は出来たはずだった。

「イーダ将軍・・・。」
うんざりとした気分を隠しもせず、提督は振り向いた。
こうなれば帝都に停泊するのではなかった、と後悔する。
一晩中か、あるいは将軍が酔いつぶれるまで、または自分が耐え切れずに尻尾を巻いて逃げ出すまで、からかい続けられるに違いない。
最も三番目の事態は、提督の誇りにかけても許しはしないが。

将軍は提督の座るカウンター席の隣に腰を下ろすと、泡酒を一杯注文した。いや、二杯。
「お前さんにつけとくからな。情報料だ。」
「一体何の情報です?」
すぐに、なみなみと満たされたジョッキがテーブルに置かれる。
一杯を受け取ったと思うと、将軍はあっという間に半分まで干した。そしてもう一杯を提督に差し出す。
本当は泡酒を飲みたいわけではなかったが、仕方がない。提督もまた、酒の水位を少しだけ下げた。

「大西洋の第五海域で、最近妙な嵐が発生しているらしい。漁民が困ってる。」
思わず動きを止めてしまう。
「何故それを?」
「お前さん、海の魔女狩りをやってんだろ?」
いたずらっぽくイーダ将軍は笑った。
「え、ええ。」
狩り、というのは意味的に少し違うが。功に焦るが故と誤解してくれていた方が、助かる。
一瞬迷ったが、提督はすぐにうなづいた。

「泡酒一杯とは、安すぎる値段ですね。」
「こないだの嵐じゃ世話になったからな。無事に娘の顔も拝めたことだし。」
そう言って、将軍は景気よくジョッキを空にする。それを見届けた提督は、席を立ちつつ主人に告げた。

「この人にもう一杯。僕の奢りです。」
途端に将軍の顔は更に機嫌のよいものになる。
「おお、ありがとな。何だ、もう行くのか?」
「ええ。善は急げ、ですよ。」
「気をつけろよ。」
「わかっています。」

月は高く上り、夜の街を皓々と照らす。
その晩、帝都に停泊していた軍艦が一隻、人知れず海原へと出て行った。












聖ローマ暦659年

「カザール、よくやってくれた。フィレンツァとナポリタは我らの味方だ。後はあのモーリアの小僧さえ何とかすれば・・・。」
「父上、なめていただいては困ります。あんな田舎貴族にこの僕が負けるはずがありませんよ。」
「当然だ。だが、念には念をというではないか。」
「期待しておりますよ、父上。」
「ああ。女帝陛下にはもう前もってお願いしてある。お前こそこの国一のヴァイオリニストだ。」
「もちろんですとも。」













小さな漁港に軍艦は停泊した。降り立った提督は何を思ったか、漁船を一隻借り受け、単身大海原へと出る。
折りしも・・・。辺りに暗雲が立ち込め、やがて風雲は急を告げ始める。
待ちに待った、嵐の到来だった。
そして、風に乗って届く音色は間違いなく―――

船の激しい揺れに耐えながら、提督は待ち続けた。
もうすぐ、もうすぐで嵐の核心へと近づく。そこに、彼はいる。
波が船体を叩き、飛沫が視界を覆う。その合間に、美しい姿を見た気がした。

躊躇わず、提督は海へと飛び込んだ。
けれども嵐の海は、人の力ではどうしようもないほど強く荒れ狂い。
彼の元へ辿りつくまでもなく、このままでは間違いなく死が待ち受けていることだろう。
ああ。姿は見えているのに。
提督は叫んだ。


「セイレーーンッッッ!!!」









気がついて最初に見たものは、雲ひとつない、蒼球の空だった。
耳をくすぐる波の音。体の下の温かな感触は、砂だった。
いつの間にか海岸に打ち上げられていた。
いや。
打ち上げられたにしては、周りが綺麗に片付けられていたのだ。
ご丁寧に、乾いた砂の上に"寝かされて"いる。
誰だろうか。
都合のいい想像は浮かぶが、考えれば考えるほど、それ以外に答えはないようだった。
通りすがりの漁民や、村人や・・・少なくとも人間であれば、もっとマシな手当てをしただろうから。

「セイレーン?」
呼んでみると、岩陰に慌てて姿を隠した気配がある。
「僕を助けたのは君ですね? どうか、出てきてください。」
気配は消えない。だが、姿を現してもくれない。
業を煮やして近づこうとすると、制止する声が掛かった。

「来ないで、どうか、来ないでください。」
か細いテノールが、岩陰から聞こえる。
「どうして? 僕は君をずっと探し続けていたのですよ?」
テノールは悲しげに言う。
「僕の姿を見れば、あなたは怖がるでしょう。僕は化け物なのです。」
「一体どうして、美しい貴方を化け物だなどと思うのでしょうか。貴方ほど綺麗なものを、他に知らないというのに?」
テノールの主は、暫し沈黙した。そして、おずおずと提督の前に姿を現す。
波打ち際を境界に、二人は向き合った。
近くで見たセイレーンは、予想を超えて美しかった。
顔立ちは人間のそれだが、耳のあるべき場所から突き出ているのは魚の鰭。周りを飾る水滴が、真珠のようにも見える。
皓い肌に所々煌くのは、鱗だろうか。細くうつくしい体は腰から下が魚のようになっていて、青く輝く宝石の様な色をしている。
指先には長く尖った爪。指先が青く透き通ってみえるのは、水の所為ではないだろう。
なめらかな胸には、桜色の小さな飾り。艶かしさに眩暈を覚えた。
そうして暫く見惚れていると、セイレーンは徐に両手を広げて言うのだ。

「ほら、御覧なさい。僕はこの通り、おぞましい化け物なのです。」
大きな瞳に、見る間に水が溜まっていく。提督は慌ててこの不思議な恩人の元へと駆け寄った。

「どこがです? 何ならば一つ一つ説明して差し上げましょうか? 君の瞳は青玉のようだ。君の肌は滑らかで、シルクにも勝る。ウエストから尻尾までのラインも優美だし、尾鰭も・・・」

「止めてください!!僕は、僕は、憎しみの為にこんな姿になってしまった! おぞましい、おぞましい化け物なのです。」
取られた手を振り払って逃げようとするセイレーンを、提督は抱きしめることで止めた。提督の胸から抜け出せなくなった海妖は、堰を切ったかのように泣き始める。

「貴方もきっと・・・僕の話を聞けば、僕を軽蔑することでしょう。」












それは、今から凡そ三百年前。ローマがまだ帝国として存在していたころの物語。
女帝の夫の座を巡り、二人のヴァイオリニストが諸侯を巻き込んで競い合った。
舞台は帝都ローマ。人々はこの華麗なる戦いを一目見ようと帝都に押し寄せた。

切磋琢磨の争いの結果は・・・いや、最初から戦いなど起こらなかった。
総ては出来レースだったのだ。
女帝と結託したヨッシーノ公爵の策略により、結果は最初から定められていた。
反逆の罪を着せられたモーリア公爵は処刑。
更に逃亡を図った国賊として、蒼のヴァイオリニスト・ユウキを処断。

追い詰められた場所は断崖。何処にも逃げる所を無くしたユウキは、ヴァイオリンを抱えたまま。



肉体は深海の底へと沈んでも、無念の想いだけは浮き上がる。
家族のこと、ヴァイオリンのこと。愛する世界のこと。
彷徨える魂は妄念を纏ったまま、いつしか海の妖魔へと姿を変えていた。

そうして時折ヴァイオリンを弾いては、嵐を起こし、数え切れぬ人の命を奪ってきた。
妄念とは恐ろしいもので、魂の枯渇を抑えることができない。
いくら涙を流しても、やっていることは同じだった。

おぞましい、おぞましい化け物。












泣きながら告白するユウキを、提督はしっかりと抱きしめていた。

「それでも君は美しい。自分を見つめつづけて生きてきたのだから。」

驚いて見上げるユウキに、すかさず提督は口付ける。柔らかな唇は温かかった。
だがそれも一瞬のこと。胸に衝撃を感じ、気がつけばユウキは腕から逃れ、真っ赤になってこちらを睨みつけていた。

「ぼ、僕は男だからなっ!!」

「ええ。僕もそれを承知で君に求婚しているのですが?」

「きゅ、求婚って・・・。」

その純真さが災いしたのか。ユウキは再び提督の腕の中に戻されてしまった。
いや、有り余る力によって、砂の上に組み伏せられてしまったのだ。
これでは先ほどより遥かに分が悪い。

「ユウキ、一つ教えてあげましょう。貴方と貴方の一族を陥れたカザール・ヨッシーノも、三年後、政権争いに敗れて歴史の闇に沈んだそうです。貴方が憎むべき相手はどこにもいない。」

懐かしい名前にユウキは目を細める。

「憎しみが何になるのでしょう。彼への恨みは捨てました。それ故に、僕はこの姿になってしまったのですから。」

蔑んだ身体に、組み伏せた男は唇を降らせる。心底愛しいという仕草で。
信じられなかった。
この姿の自分を、愛してくれる者がいるなど。

「僕はどんな君でも受け止めてみせますよ。」

その言葉を信じてもよいのだろうか。いや、信じるしかないだろう。失うものなど何もないのだから。
ユウキは身体の力を抜いた。男の唇は、ユウキの唇から首筋を辿り、その下を這っていく。
唇から伝わる熱さが、身体を侵食していく。奥から沸き上がる熱に、全身が蕩けていく。
いや。
融けているのは、憎しみだ。
憎しみ、悲しみ、妄執、自分を妖魔ならしめていたもの。

「あっ・・。」

胸の飾りを弄られて、全身が痙攣を起こす。
その時ユウキは気付いた。自分に、脚がある。魚の尾鰭ではなく、人間の足だった。
妄念から解き放たれた自分は、"在るべき姿"に戻ろうとしている。
ならば、その先に待ち受けているものも、ユウキにはすぐに判った。

「ユウキ、僕はケイ・トゥイールです。どうか、僕の名前を呼んで。」

全身を沸騰させるこの感情が、何者であるのかユウキは知らない。
けれども、答がなくとも後悔はしたくなかった。

「ケイ・・・。」

うれしそうに笑ったケイが、再び唇を奪いに来る。

「君に聞いてほしい曲があるんだ・・・。」
「そんなのは後でもいいでしょう。今は集中して・・・」

諦めてユウキは苦笑する。本当はどうしても今、聞いてもらわなくてはならなかったのだけれど。
後はもう、熱情に身を任せるだけ。自分を貪るケイという男が、愛おしくてならなかった。


  ありがとう、僕を愛してくれて・・・

  誰にも聞こえないところで、ユウキは呟いた


 




かくして。
彷徨える魂は安息を得た。
全ては元通りに。
自然の在るべき姿に還る。



めでたし、めでたし。


















翌朝。
ケイが目覚めると、傍らに抱きしめていた筈のぬくもりが何処にも無かった。
ただ。
しなやかな身体の代わりにそこに在ったのは、ぼろぼろになった衣服の残骸と、風化した骨のわずかな欠片。
それが、300年以上も前に海に沈んだユウキの、成れの果ての姿だった。
たった昨晩まで、自分を抱きしめてくれていた腕を想い、ケイは涙した。
「ええ。どんな君でも、僕は受け止めてみせます。」
あの時、何故ユウキの願いを聞かなかったのか。悔やまれてならない。

触れただけで砕け散る骨を、残らず拾って集めた。どうしようか迷った挙句、海の底へと再び送り届けることに決めた。

「僕はもう、海を離れない。ずっとずっと、君と一緒です。」

ありあわせの板で、筏を作る。浜辺を離れるとき、またも胸が痛んだ。
沖へと漕ぎ出す。
風が運ぶその歌に気付いたのは、その時だった。










それから。帝国は周りの多くの国を巻き込んでの大戦に突入する。
ケイ・トゥイール提督率いる帝国海軍は、連戦連勝を重ね、敵軍を震え上がらせた。
人々は噂する。トゥイール提督には、海の女神の加護があるのだと。
提督が口ずさむその歌は、海の守り歌として、海に暮らす者たちの間で広められていく。


だが、歴史は流転する。帝国の快進撃も、徐々に劣勢へと変わっていった。
そして、運命のジブラルタル海戦。敵戦艦の大砲が、トゥイール提督の乗る艦船に直撃。
他の艦も次々に航行不能に陥らされた。
沈み行く船。脱出用ボートも、乗組員全員が乗れるものではなかった。
提督は船と運命を共にすることを決意。大西洋にて、その消息を絶つ。
帝国は英雄の死を悲しみ嘆いた。一方で提督の遺体はとうとう上がらなかった為、生存の噂も流れ、様々な物語を生んだ。
やがては彼の名前も、歴史の流れの中に沈められていくのだろうか。

海に還った彼は、今度こそ想い人を見つけられただろうか。






300年、海を彷徨い続けた魂は、もう迷わない。
いつしかセイレーンの伝説は過去のものとなり、迷信として消えていくだろう。

海は無常にして偉大。

蒼く深く、光さえも届かぬその場所に、最強と謳われし艦隊は身を横たえる。

流れにのってたどり着いた残骸。

それは、人間の使う、ヴァイオリンと呼ばれる楽器の形をしていたと・・・。












原作はサウンド・ホライズンのCD『Chronicle 2nd』です。
「沈んだ歌姫」&「海の魔女」の二曲を聴いていたら、
突発的に書きたくなって書いてみましたv
フジミにどっぷり漬かっちゃった今、この方のCDを聴くと、
ヒロインを全部守村さんに変換してしまって、涙腺が大変なことになります;;
ではでは、荒削りではありますが、ど〜ぞ〜・・・


                                    うぃんでぃ 拝









2006.8/9 up