親方の爆弾発言を聞いたとたん

「どういうことですか、ボス!?完全な冤罪ってわけじゃないってことですか!?」

井上が叫んだことを、責めることは出来ないだろう。

なぜなら俺も似たような事を考えてしまったからだ。

更に衝撃的な言葉が続いた。証拠として押収された写真は、自分のものだと言い出したのだ。

桐ノ院がこれを否定しなかったことに驚いたが、それで納得も出来た。

確かにあの写真が彼のものであれば、誰よりも今回の事件に巻き込みたくないと思っているはずであり、写真が誰であるかを絶対に言うはずがなかった。

しかしだ。

アジア人種がいくら年若く見えるからと言って、20代後半の男がハイティーンの少年に見えるなんて事を、ジョン・スペンサー弁護士が信じられないも当然のことではある。

俺は実際の写真を見ていないが、いくら親方が童顔だと言っても、れっきとした成年男子を少年と見間違えるとは思えない。

ジョンは依頼人の前だから笑い飛ばしはしなかったが、慎み深くはあっても明らかに信じがたいという表情を見せていた。

『彼の言葉を信じたいところですが、あまりにも思いがけない話なので・・・・・』

嘘か冗談だろうと言いたいところを、礼儀正しく口を濁してきた。

「でしたら同じ構図で写真をとってみせましょう。そうしたら分かってもらえると思います」

「悠季、なんてことを!君がそんなことまでする必要はありません!」

親方のこの発言にいち早く反応するのは当然のことだった。

「なんでだい?分かってもらえるには手っ取り早いじゃないか。論より証拠さ」

「しかしですね・・・・・」

「念のために言っておくけどヌード写真は撮らないから。僕だってそんな写真を他人(陪審員)に見せたいとは思わないよ。構図だけ同じにして着衣で撮るんだ」

「ですが、ああ、つまりですね。僕としては君の姿をさらしたくないんです」

「君が僕を箱入りにして大事にしまっておきたい気持ちだっていうのは分かってるよ。でも君の裁判に幾らかでも有利になるのなら僕はなんだってするからね。これは僕の意思だ」

「ええ、ありがとうございます。君の言う通りですね。しかし・・・・・」

いろいろと説得をこころみたが、こうと決めた親方の意思は固い。

桐ノ院も親方の頑固さに諦めて折れたようだ。しかし、そのままにはしておかない。

「宅島、インスタント・カメラを用意するように。それから」

裁判が済んだときには、きっちりと写真を回収しておくことを確約させられた。





はじめはインスタント・カメラを購入するつもりだったのだが、スペンサー弁護士事務所には備品のカメラがあり、裁判の証拠になるということで使わせてもらえることになって、時間の短縮になった。

さっそくホテルでの写真撮影となったわけだが。

「僕が撮った時は、確かからだがこんな向きで、手はこんな風だったかな」

さすがに素肌とはいかなくてもあの写真に近いものがいいだろうということで、Tシャツ姿になった親方がソファーに座り、井上がカメラマン、俺がライト係にまわった。

「守村さん、前髪をもう少し落してみたらどうでしょう?」

「こうですか?」

井上が手慣れた様子でカメラを構えて1枚撮った。

しばらくして印画紙に浮かび上がってきたのは・・・・・青年の姿。いつもの親方の姿だった。

確かに眼鏡を取っている彼はいつもより若く見えるが、これが未成年に見えるかと言われると・・・・・やはり無理がある。

「うーん、ちょっと違うなァ。えーと、あの時は・・・・・」

そう言って写真を撮った時の光景を思い出そうとしていた。

「宅ちゃん、ソファーを移動するから手伝って。ライトをこちらに向けて貰える?ええそう、少し影をつけてみるの」

いろいろと向きを試してみることになって、あれこれとこきつかわれた。

前髪をたらしてからだを捻った親方の斜め上からライトで照らす。

カメラが吐き出した印画紙から画像が浮かびあがって出てくるのを待つ。そんなことを何回か繰り返した。

「今度はどうかな?」

そうしてついに現れたのは・・・・・確かに少年に見える姿だった!

少し緊張しているのが表情で分かるが、それがかえっていたいけな雰囲気をかもし出しているのだ。

「守村さん、本当に若く見えるんですねぇ!」

井上がしみじみとした口調で言った。

「あまり嬉しくない話ですけどね」

親方が苦笑しながら応えた。

「これでしたら間違いなくスペンサー弁護士も納得してくれるでしょう。それじゃあ持っていきます」

俺は出来あがった写真を持って彼のところへと行き、さっそく写真を見せた。

スペンサー弁護士は写真を見た途端にうーんと唸り、確かにこの人物だ!と太鼓判を押したのだが。

『これは東洋の神秘というやつなのか?』

そんな言葉も付け加えてきたので、思わず苦笑してしまった。

間違いなく裁判に有利な証拠だと保証してくれて、俺も少し肩が楽になった。

が、問題はこのあとに起きた。




「確かにこの写真でも悠季は若く見えますね」

ボスに写真を渡すと、彼は実に愛しそうに微笑んだ。

「ところで、スペンサー氏に渡した写真は戻ってくるのか?」

「あれは裁判が終了後に戻ってくることになっている」

「それでは悠季を撮った写真はそれで全部なのだな?」

「あー、悪い。実は1枚欠けているんだ」

「どういうことだ?」

「実はだな・・・・・」

渋々告白する事となった。




写真を撮っていた事を桐院家の女性たちが知ることなり、親方の写真を見たいと言いだしたのだ。

うっかりとスペンサー弁護士に渡した他にも、写真が手元に残っていると言ってしまったために。

「ですが、これは裁判のために必要だったわけですから」

親方としても、元々の原因がヌード写真だったわけだから、それを連想させるような写真を彼女たちに見せるのは抵抗があるだろう。

特に小夜子さんには。

俺としてもマネージャーとしての守秘義務がある。

「悠季お兄様の写真が見たいだけですわ」

迫力ある笑顔でにっこりと微笑まれて、女王様に手を差し出されたら、もうだめだった。

小夜子嬢はすました顔で写真を受け取ったが、すぐに表情は驚きに変わっていた。

「本当に悠季お兄様はお若く見えますわね!」

桐ノ院家の二人は写真を覗き込んで嬉しそうにはしゃいでいた。まるで若い娘たちのように。

「宅島さん、この写真はこのあとどうしますの?」

「もちろん、ボスに渡すことになっています」

当然のことだ。

「お兄様にはわたくしから申し上げておきますから、預からせてください」

「それは困ります」

「どなたにも見せないとお約束致します。お兄様のために必死に動いているのですもの。これくらいの役得を頂いても構わないでしょう?」

迫力ある美女たちにきらきらと目を輝かせて迫ってこられては・・・・・無理だ。降参だ。

「・・・・・ちゃんとボスに言ってくださいよ?」

ついには押し切られてしまって渡すことになってしまったのだった。




午後に小夜子さんが拘置所にやってきたときに、ボスは強く抗議していたらしいが、とうとう彼も押し切られてしまったらしい。

まったく、女性は怖いというべきか。

そんないざこざがあったことを当の親方は知る由もなく、受け持ちの生徒のレッスンがあるからと日本に帰ってしまっていたから、不機嫌のオーラ全開の王様の後始末は全て俺が被ることになってしまった。

やれやれ、なんてこった・・・・・。また俺の災難が増えたようだった。

2012.12/21 up

 photographs   宅島編