悠季が留学先のイタリアから帰ってくる!!

それは僕にとってかけがえのない喜びだ。

だが、帰国目的が僕のコンサートマスターに就任してもらうために帰国してもらうという僕の望みとは違い、母校である国立音楽大学の講師として招かれたというのだ!

 僕としては、悠季をCMのための編成とはいえ、世界中から集めた実力のある若手演奏家で構成されたオーケストラのコンマスに指名したことで注目されるようにし、更にこの事実をもってM響の演奏会にソリストとして招聘するよう働きかけるつもりでいた。

 そうすれば、M響の楽団員として招くことも容易になるはずだった!

 だが、事は僕が望んでいたようには進まなかった。

 確かにあのCMは悠季のバイオリンの師匠であるパパ・エミリオことエミリオ・ロスマッティから合格点を得ることは出来た。

悠季の留学の区切りにすることは出来たのだが、同時に福山教授にもくろみに手を貸すことになってしまったのだ。

 そして、先手を打たれ、悠季は国立音楽学校に奉職するために日本に帰ってくる。

 悠季がまだイタリアにいたとき、電話の話では講師となることを酷く不安がっていたが、彼にはもともと教師としても十分な素質はあると、僕は思う。親身になって生徒たちを指導し、よりよい道へと導いていく、教師としての能力があると思う。

 だが、そうなれば悠季の頭の中は生徒達で一杯になり、僕の願っているようないつも僕のそばにいて、僕だけを見つめて欲しいというわがままな望みは叶えられなくなってしまうのではないだろうか?

 僕はため息を一つついて、気持ちを立て直した。

 僕の当初の望みとは違ってしまったが、悠季が日本に、僕のそばに戻ってきてくれることは確かで、味気ない電話でのやりとりでは味わえない彼のあたたかな温もりと優しい香り、そしてこの手に抱きしめることが出来る肉体があるのだ。

 もちろん彼と抱き合いたい、愛を交わしたいと望んでいるのは認める。しかしそれ以上に僕が願ってやまなかったのは、彼が持っている穏やかで落ち着いたオーラに包み込まれることなのだ。

 伊沢邸でまた彼と過ごすことが出来る!どことなく寂しく空虚だったあの建物の中にまた活気が戻ってくる!

 だから、今はこれでいいではないか。彼が帰ってくるのを素直に喜んでいればいいのだ。

 それに・・・・・。

 ああ、そうだ。悠季には悪いが、国立音楽大学の講師を務めていれば、ほとんどの時間をあの富士見町で過ごすはず。

もしソリストとしてデビューしてしまったら、各地にコンサートを開いて飛び回ることになっていたかもしれない。そうならなかっただけでも幸いではないか?

僕はそんな後ろ向きなことまで考え、自分の卑小さにうんざりした。 

こんなことでは悠季にあきれられてしまうだろう。

せめて前向きに、少しでも彼と共に過ごせる時間を多く取れるように考えなくては。


それから・・・・・。

そうだ。

悠季はイタリアではほとんどの時間を師匠であるパパ・エミリオに同行して過ごしていたから、痴漢に狙われたり悠季のような綺麗な東洋人を好む不届き者に付きまとわれる隙はなかったはずだ。

しかし、日本に帰ってきたらそうも行かないかもしれない。

少なくとも彼の安全と所在がすぐ分かるようにするにはどうすればいいのだろう?

僕は伊沢に電話を掛け、あることを調べてくれるように依頼した。










僕はロスマッティ先生の鞄持ちとして大きな成果を頂いた、イタリア留学からようやく日本に帰ってきた。

福山先生の口利きで母校の講師として採用していただいたけど、いろいろ覚えておかなくちゃいけないことが多すぎて、まだまだ気持ちが落ち着かない日々を過ごしている。

そんなある日のとだった。

今日はフジミはないし、圭はM響から早めに帰ってこられると言っていたのに、予定の時間よりかなり遅くなっても帰ってこない。

 何かあったのかと心配していた矢先に玄関のドアが開く音がした。

「ただ今帰りました」

「ああお帰り、圭。遅かったね」

 僕達は玄関でいつものセレモニーキスをして、圭が持っていた紙袋を受け取った。

「買い物をしてたのかい?」

「ええまあ。ちょっと待ってください。着替えてから詳しい話をしますので」

「分かった」

 僕はすっかり覚めてしまった肉じゃがの鍋を火に掛け、夕食の支度を始めた。

ラフな服装に着替え、手洗いうがいをして寝室から降りてきた圭が、先ほどの紙袋の中から出してきたのは、携帯電話だった。

「うわ、なんだか懐かしいな」

 僕がまだ小早川学園で雇われ教師をしていた頃、遭難事件もどきを起こしたのを心配した圭が、僕に買ってくれたのが携帯電話だった。

 あの頃の携帯電話は高いし機能も少なかった。僕が使うのは圭が持っていたポケベルへの連絡が一番の目的だった。

 その携帯は、僕達がイタリアへと留学に出かけるときに解約してたから、今は手元にないんだ。

「君と僕との分があります。同じ機種なのですが、間違えるといけませんので色違いにしてみました。もう今はポケベルなど持っている者がほとんどいなくなっていますからね」

「ふうん」

 箱から取り出してくれたのは、以前の携帯よりも小型だし画面もずいぶんと綺麗で大きくなっていた。

「でもさ。君は今まで携帯を持ち歩かなかっただろう?急にどうしたんだい?」

 圭のポリシーとして持たないのかと思ってた。

「今までは携帯を持つことによって、縛られてしまうような気がしていたので持ち歩かなかったのですが、さすがにそろそろ持ち歩かないと不便になってきました」

 圭の話によると、この間圭が願掛けだと言って毎朝イタリアへ電話を掛けてくれていた時期、外に出ていると公衆電話がなくて、探し出すのにはらはらすることが多くなったのだという。

「ハツの病院へと出かけたときもそうでした」

 どうやら駅で無理難題をやってのけたのがさすがにこたえたらしい。

「それに、宅島くんにも携帯を持てってさんざん言われてたんじゃないの?」

「まあ、それもありますが」

 確かに圭としては、ディビーの方からいつでも連絡が取れる手段を持ち歩いているというのは、手綱を付けられたような気がして嫌だったのかもしれないけど、マネージャーである宅島くんが苦労しているのはよく分かるからね。

「この携帯なら海外から日本と繋げることが出来るのですよ。つまり君といつでも電話で話すことが出来るわけです。つまり、それが今回持とうと思った最大の理由ですがね」

「確かに君が海外に出かけるのは今まで以上に多くなるだろうからね。便利だね」

 うん。確かに海外のどこからでも圭とおしゃべりが出来るというのは楽しいだろう。もっとも彼の顔を見て話す方がよほど嬉しいけどね。

それにしても、僕との会話が海外からでも出来るようになったから、携帯を持つよう考えを改めたなんて、圭らしいって笑っちゃった。

「それから、これもどうぞ」

 圭が取り出したのは、ストラップ。小さなミニチュアのバイオリンがついていた。

「バイオリンのストラップでしたらあちこちにあるのですが、残念なことに指揮棒や指揮者のストラップはどこにもないのですよ」

 ひどく悔しそうだった。

「うーん。確かに指揮棒じゃミニチュアにしても何がなんだか分からないかもしれないね。無理に指揮棒だと言ってつけても、爪楊枝でもつけているのかと思われそうだ」

「ええ」

 苦笑していたけど、圭のことだから、きっと何か代わりになりそうなものを考えるんだろう。

「ありがとう。大切に使わせてもらうよ。ちょうど大学からも連絡が取れるように携帯を持てと言われてたから、助かったよ」

 生徒との時間割などの連絡には携帯が必要みたいなんだ。


 


 悠季が何も疑わずに携帯を持ってくれたのは幸いだった。

 僕が伊沢に頼んで、最新式の携帯を調べてもらったのは、悠季の居場所を特定できる機能を持った携帯が発売されることになったのを知ったからだった。

 GPSという機能は、携帯を持った者の位置を知らせてくれる便利な機能だ。これで悠季がどこにいるか、誘拐や事故など危ない目にあっていないかある程度分かって安心することが出来る。

 ただ、この機能がついていることは悠季に分からないようにしなければと思っていたが、大学で携帯を持ち歩くということは、携帯の機能などに詳しい学生に見せてしまうことでもあったのを失念していた。

 興信所の騒ぎや千恵子姉上の騒動でばたばたしていたから僕もこの機能を活用するのを忘れていたが、とうとう悠季の知るところとなってしまった。

「圭、この携帯電話って僕の位置が分かるんだって?」

「あー・・・・・はい」

「その説明は聞かなかったよな」

・・・・・しまった!言い訳を考えておかなかった。

「興信所に頼むよりはよほど平和的だけど、僕の居場所を確認してたってパターンが決まってるんだから、面白くもなんともないと思うよ」

 大学にフジミにあとはこの家の中だよ。と笑っている。

「まあ、君の居場所も教えてくれるっていうならこのままでも構わないよ。君がこの携帯で安心するというならね」

「・・・・・ありがとうございます!」

 悠季に怒られるかと思っていたが、意外にあっさりと認めてくれた。

「でもね、これ以上携帯の機能が上がっても機械に頼って僕の行動を見張ろうとするなんていうのはごめんだよ。僕が家の中で君に盗撮されそうで怖いよ」

「・・・・・はい」

 ああ、確かにそういう機器もあるとは聞いているが。

 そういう情報は大学の教え子たちから聞いたのだろうか?ふむ、考えてもいいですかね。

「君が出来るとなると、他の人が盗み見ることだって出来るそうだからね。ハッカーとか言うんだって。君だってパパラッチで懲りてるだろう?」

「ええ、確かに」

僕はこの家の中のセキュリティを厳重にするよう、伊沢に頼む事を心に決めた。

この家の中での出来事は僕達の大切なプライベートです。

特に君との愛の交歓は。

だが、プライベートだからこそ、僕だけで見るのであれば・・・・・。

悠季も気に入れば、二人で見てもいいのだが。

僕はカタログを取り寄せる事にした。

室内用のビデオカメラ、暗視付きの・・・・・。

贈りもの

2008.7/6 up
お蔵を調べていたら、この話を発見しました。
HPのどこかに掲載していたつもりだったのですが、忘れていたんですね。(笑)

GPS機能付きの携帯が出来たのは最近だから、この時期には出ていない!

という事実は無視して下さい。(;^_^A
圭が携帯を持っていないのは、ポリシーなのかとずっと考えていたんですが、いつの間にやら持つ事になっていましたね。(笑)
きっと悠季とお揃いなんだろうなぁと思ってこんな話です。
でも、特筆すべきことは書いてない。

だからお蔵に入って入ってたのかな?はははは・・・・・