普通?








圭と恋人どうしになる前、僕はその手のことに疎かった。

その手の、というのは、ええと、つまりその・・・・・夜のアレのことだ。
          
奥手のせいで、女性に恋をしても打ち明けることさえできなかった。
          
ベッドインのことを考えることなんて、さらに無理。
          
まして男性とベッドを共にする恋人になるなんて、想像することさえできなかった。
          
それが思いがけない様々な出来事のすえに、僕は男性の恋人を持つようになり、心から愛することになった。
          
最初は同じマンションの上と下の部屋に住む事になっていた僕たちだったけど、同じ部屋に住むようになって、           

―――― 圭がとても情熱的なことを知った。
          

彼は自分でも淫乱なのだと言っていたけれど、確かに想像していたものより彼との夜はハードなんだろうなあと思う。
          
出来るなら毎晩しようとするし、それも一回で終わらなくて二回とか三回とか。
          
その上、一回がとても濃厚で、へろへろになってしまって最後には失神してしまったなんてことも何回もあった。
          
今夜は勘弁してほしいと頼んだこともあるくらいで。
          
でもそれは男性同士セックスだからで、お互いに体力とスタミナがある者同士がセックスをするからそうなるのだと思っていた。
          
女性相手ではそれほどハードなセックスをしていたら身が持たないからやらないのだろうと。                      
僕は自分がスタミナがない事を知っていたし、初心者だからついて行くのが精いっぱいなんだろうとも考えていた。           
それはもう、いつだって圭のテクニックに翻弄されているわけだから。
          
僕たちの夜の生活は、他の人よりは多少多いかもしれないけど、まあ普通なのだろうと思っていた。
          
淫乱で多情だったという圭の言葉を裏書きするかのように、ウィーンの圭の昔の恋人たちというのは何人もいて、いろいろな出来ごとの末に親しくなり、友人として付き合うようになった。
          
最初は嫉妬で反発していたけど、知るようになればどの人もは意外に付き合いやすい人たちだった。それは当然かもしれない。圭がそんな悪質な人間と付き合うはずもないのだから。
それで今ではヨーロッパに行った時には時間があえば彼らと一緒に食事をすることになったり酒を酌み交わしたりするようになった。
          
もちろん圭も一緒のときだけに限るけど。


          
そんなある時一緒に酒を酌み交わすことがあったんだけど、たまたま圭がトイレに席を外したときに、酔いにまかせて彼等は僕に聞いてきたんだ。
          
ほら、圭との夜のことをさ。
          
『圭は情熱的だしタフだしテクニシャンだったからなあ、どうだい?君の場合は』  
         
なんて。
          
昔圭と付き合ってベッドインしていたわけだし、その手の経験が豊かな人たちばかりらしいから、 興味があるんだろうけど、僕みたいな初心者の事情なんて、今さら聞かなくていいんじゃないかとは思うけど。
たぶん圭の行為は、僕と彼等とさほど変わりないと思うからさ。わざわざ確かめたいとは思わないし。
          
それとも、僕の口から聞きたかったのかな?
          
僕が恥ずかしがったり照れたりするのが見たくて?
          
ちょっと悪趣味だけどね。
          
そのときの僕はうまいワインを勧められてかなり酔っていたものだから、普段なら話題を変えるか聞き流して知らんぷりをするのに、ぽろっと口が滑ってしゃべってしまったんだ。
          
圭との夜のあれこれを、さ。
          
きっと笑いながら『自分たちと似たようなものなんだね』とか言われると思っていたのに、 同席していた彼らは一様に目をしばたたき、互いに顔を見合わせ、気まずそうな顔になり、困ったというか怒ったみたいに見えた。
          
いや、これは気の毒そうな、という顔かな?
          
しまった。僕は何かまずいことを言ってしまったんだろうか。
          
でもそこに圭が戻ってきたから、話はそれまでになってしまった。



          
それからしばらくしてのこと。
          
僕たちが住む屋敷に海外便で幾つかの荷物が届いた。
          
それはあの夜一緒に飲んでいたウィーンの友人たちからのものだった。
          
一体何が届いたのだろうと思いながら梱包を解いてみると、中から出てきたのはハーブティーや錠剤など様々で、 薬効は全て似たようなもので、疲労回復、体力増進、精力増強などと書かれていた。

そして、一様に『どうぞからだに気をつけて。無理しないように』と書かれたメッセージが入っていた。
          
僕が演奏旅行が少し過密気味だと言ったときに、『大変だね!」と同情してくれていたから、わざわざ親切に送ってくれたんだろうか?
          
でも荷物の中身を見た圭は、眉をしかめて「余計なことを」とつぶやいていた。
          
「何?これってあやしいものなの?」
          
「いえ、そんなことはありません。飲んでも問題ないものばかりです」
          
「そう?ならよかった。今度飲んでみようかな?今ちょっと肩こりがひどいんだよね」
          
「あー、・・・・・そうですね」
          
煮え切らない態度に、僕は首をかしげた。
          
いったいどういうことなんだろう?
          
圭が送られてきた贈り物を睨んでいるのを、僕は不思議に思いながらながめていた。




荷物の中には、圭宛のメッセージも入っていて、

『あまりユウキをかわいがりすぎて無理をさせちゃだめだよ。腎虚で早死にさせることになるからね』

と書かれていたのを握りつぶしていたことを知ったのは・・・・・

ずっとあとのことだった。
          













2016.4/10 Reup