summer vacation










僕が振る予定だったオーケストラがストライキに入った。

ユニオンが厳然と出来あがっている欧米ではよくあることだ。

こうなると、招聘された指揮者はただ黙ってストライキが終わるのを待つしかない。

しかし、今回の僕のスケジュールは動かせないものであり、また会場も同様。

このままではコンサートは中止になるしかないはずだった。

だが、様々な思惑やスポンサーの意向もあってコンサートは日にちをずらして行われることになった。

契約で縛られている僕としては、黙って言うがままにしているのも業腹だったが、こちらの都合のよい変更もあったからそのまま黙ってこの変更を受け入れた。

四日間の待機。

ならば日本に帰ることにしよう。

とんぼ返りになるのはわかっているが、きっと悠季も喜んでくれるだろう。







そして、四日間の短い休暇の後、僕はまたコンサートのために戻ってきた。実に機嫌よく。

悠季の喜ぶ顔はもちろん、彼のいつもは恥ずかしがってなかなか見せてくれない表情やしぐさを堪能できたのだから。

後で渡すつもりだったというプレゼントを貰ったり、彼の心づくしの食事を食べられることはもちろん嬉しいが、何よりベッドの上での彼の情熱的な態度が何より僕を喜ばせてくれた。

彼のあえぎ声やせつなそうなため息が僕を更にかき立てる・・・・・。ああ、まずい。パブリックな場所で思い出したりすることは、実に具合が悪い。

八月は僕たち二人にとって大きな記念日が二つある。そのうちの一つが何よりも大切な結婚記念日だ。

では、今度こそ僕が計画したサプライズで悠季を喜ばせてみよう。








「で、こうなったわけ?」

あきれたように悠季が笑っていた。

僕が悠季を連れてきたのは、とある保養地。

僕がトラウマを持ってしまった、伊豆ではない。

ここには海はなく、と言って山の中というわけでもない。山の奥の湖のほとりにある別荘で、周囲のなだらかな山々が水に映って美しい景色を堪能させてくれる。

「君が今年のお盆のは実家に戻られないと聞きましたので、僕と二人きりの休暇を過ごしていただこうと思いました」

「だったら家で過ごしていても同じようなものじゃないか」

「それはそうですが、場所が違うということは人の心のありようも違うそうですよ」

昔から転地という。気分だけの問題ではないのだ。

僕たちを知っている者が誰もいない場所に来ると、悠季が緊張を解いた穏やかな姿を見せてくれることも以前の経験で覚えている。

「確かにここはとてもきれいなところだし、湖を渡って来る風もすごく気持ちいいよ」

悠季の嬉しそうな顔をみただけでも、ここに来たかいがあったというものだ。

僕たちは荷物を運んでもらって部屋に入ると、悠季は窓の外の景色を眺めに行き歓声を上げていた。

何種類もの鳥の鳴き声が湖の周りの木々から聞こえる。湖を渡る風は夏とは思えないくらいにさわやかだ。

「なんだかコモ湖を思い出すね。ここは向こうよりもずっと小さいけど」

「確かにそうですね」

悠季のイタリアでの師匠、ロスマッティ師の別荘もコモ湖のそばにある。

僕はテーブルの上に置いてあったウェルカムドリンクのグラスを両手でさらいとると、一つを悠季に渡した。

幾つかの果物を飾り、冷えてびっしりと水滴がついた深めのタンブラー。飲んでみるとどうやらサングリアらしい。

ワインと果物の風味がとても美味だ。

「なんだか貸切みたいに静かだね。こんなにいい場所なんだから、予約する人がいないとは思えないけど」

「平日だということもあるのですが、もともとここは一日一客多くても二客しか泊めない宿なのです。今日の予約は僕たちだけだそうです。ですから、今日は僕たちは貸切の客なのですよ」

「ええ〜っ!本当に?!」

悠季は驚きの声を上げた。どうやら僕がわがままを言って貸切にしてしまったのではないかと疑っていたらしい。

「・・・・・なんてぜいたくな」

「昔風の、いわばお忍びの宿というわけです。ですから、客室係やフロントも極力顔を見せないようにしているわけです。客の要望があればどんなことでも対応してくれますがね」

「・・・・・つまり、新宿の蕎麦屋や銀座のレストランのような宿というわけか」

「弁解しておきますが、ここは僕も初めてなのです。伊沢に頼んで予約してもらった場所なのですよ」

伊沢の頭の中にはいったいどれほどの情報が入っているのか計り知れない。






僕たちは私有地だという湖の周囲を散歩することにして、宿を出た。たあいないことをしゃべりながら、ゆったりとした気分で散歩を楽しんだ。

普段なら外で手をつなごうとしても、悠季は真っ赤になって振り払うか、周囲を気にしている様子がかわいそうで手を解いてしまう事になる。しかしここでは人の目を気にすることなく手をつないでいられる。

「あ、圭!ボートがあるよ。乗ってもいいんじゃないの?」

どうやら宿で用意してあるものらしい。

一艘出してもらい、二人で湖にこぎ出すことにした。

当然僕が漕ぎ手になるつもりだったのだが、初めて手にするオールは難物で、なかなか思うように前に進んでくれない。力を込めて漕いでいると、くるくると同じところで回ってしまう。

「代わるよ」

「ですが、バイオリニストが手を酷使するのはいただけません」

「大丈夫だって。これでも農家の息子だから力もあるし、ボートは何回か漕いだことがあるから」

座る場所を代わり悠季がボートを漕ぎだすと、さほど力を込めているとは思えないのにまっすぐに湖の中央めがけて進んでいく。

「両手に均等に力を入れることとオールの角度が問題なのさ」

悠季はうっすらと額に汗をにじませながら、笑って見せた。

僕はリベンジを心に誓っていた。




ボートでしばらく遊んで宿に戻ってきても誰も応対には出てこない。まるでこの場所には僕たち二人きりでいるようにさえ思える。

しかしサービスは完璧で、部屋には茶の用意や小腹がすいた時のための菓子や果物の用意が整えられていた。

「まるで小人の靴屋さんのようだね」

悠季はそんな感想を言って笑った。

「ところで悠季。夕食まで時間がありますね」

耳元でささやくと、ぽっと赤く染まっていく。

「ふ、風呂に入ろう。きっと温泉なんだろ?」

うわずった声で悠季が言う。

ふふ、かわいい人だ。

「ええ、入りましょうか」

僕から顔を背けて、悠季は立ち上がった。急いで風呂場を探しに行ってしまった。

僕もゆっくりと立ち上がり、悠季の後に続く。

僕が脱衣場に行く頃には、悠季は既に風呂へと入っていた。

僕が行くと、風呂は庭の一角を占める場所に作られた半露天風呂となっていた。夏は前の仕切りを開けて露天風呂となり、冬は仕切りを閉じて、景色を眺めることの出来る内風呂となる。

これなら悠季も露天風呂かどうかを気にする必要もなさそうだ。

悠季のそばに行き、背後からそっと抱きしめた。期待しているのか、既に悠季のソレは昂ぶっているのが湯を透かせて見ることができる。

「待たせてしまいましたか?」

「ま、待ってなんか・・・・・あっ!」

僕の手に敏感に反応してくれる。

「では、こちらは?」

「あっ・・・・・!」

僕がアナルを探ると、待ちかねたように僕を引き絞り、放すまいと収縮してみせた。

「どうやらここは待ちかねていたようですよ」

「そ、そんな・・・・・!」

僕が悠季のからだの様子をささやくと、敏感に反応してくれる。

「だ、だめ・・・・・っ!」

泣きだしそうな表情で、僕に抱きついてくる悠季はとても愛らしい。

しかしあまり恥ずかしがらせると、反動で後々気難しくなってなだめるのに苦労することになる。

これくらいで満足することにしよう。

僕は悠季の足をかかえると、あぐらをかいた僕の腰の上にゆっくりと沈めた。

「あ、あんっ・・・・・んんんんっ!!」

僕の肩にかみついて、僕より先にイってしまうのを我慢したらしい。

「い、いいですよ、悠季・・・・・!」

とろけそうに熱い悠季の中で、僕は激しく悠季をゆすりたて、味わい・・・・・。

「うっ・・・・・もういきますっ!」

「ぼ、僕も・・・・・!」

僕たちは快感を共有し、激しくあえぐ息も交わらせて、抱きしめあった。








宿で用意されていた夕食は、どうやら漢方の知識がある料理長が作ったものらしく、様々なハーブや漢方薬が入っていた。

健康や美容を考えて作った料理なのだろう。

と言っても、枸杞の実や松の実などの入ったスープや冬瓜のとろりとした葛をかけた煮物など舌にも胃にも美味しい料理ばかりで、僕たちは舌づつみうって料理をたいらげた。

「今夜が楽しみですね」

「・・・・・ばか」

そんな言葉遊びも悠季と一緒だと楽しい。





言葉どおり、その夜も濃厚で喜ばしい時を過ごし、次の日はゆっくりと起きて宿で用意されていた品数のたっぷりとした朝食をとってのんびりと過ごした。

まるで自分の家にいるようにくつろいで過ごし、宿を引き上げ家に帰ったのはその日の夕方だった。

「楽しかったね」

「ええ、また出かけましょう」






さて、次はどんな趣向を考えようか。










14年目の結婚記念日。
今もアツアツなんでしょう。ああ、あつい・・・・・。(笑)
私が行きたい旅行へ、お二人に代わりに行ってもらう事にしました
宿は創作ですが、昔京都に行ったときこんな一日限定二客のみという宿に
泊ったことがあります。←庶民ですからそのときだけですが(爆)




2009.8/12 up
2009.9/11 移動