夜 啼 鶯
Nightingale
ユーキが気づいたときには、すでに膝の後ろに腕を入れられてすくい上げて抱き運ばれている最中だった。
「ケ、ケイっ!」
うろたえて抗議しても聞き入れられず、そのまま寝室へと運ばれてしまった。ベッドに下ろされたのを自覚したのは、すぐあとだ。
ぎしりとベッドが鳴って、ケイが上に圧し掛かってくる。
まるで捕食動物の獲物のように。
ひやりと冷や汗がにじむような気がした。
「・・・・・怖いですか?」
彼が顔を覗き込んできた。さっきまでの文句も言わせないような強引さとは違っている。どこか頼りなげで、不安げな子犬のような目をしていた。
「そんな顔をするなよ」
ユーキが思わずそう言って、思わず慰めようと彼の髪を梳いてしまうくらいに。
ああ、この顔は見たことがある。
以前ユーキのからだを無理に奪った時、ユーキが気絶する直前に見せた悲しそうな顔だった。ユーキがケイの犯した罪を許す事が出来た理由の一つに、彼のこの顔があったことを思い出していた。
だからこそ、彼にほだされてしまったことを。
「君の嫌がるようなことはしません。やさしくしますから」
「・・・・・ん。いいよ」
そう言って、彼の肩に手を回してぎゅっと目を閉じる。自分の身に何が起こるのか少しは分かっているから、恥ずかしさが半分照れくささが半分。
――― そして、怖さが。
「キスさせてください」
ケイの手がそっとユーキの腕を解く。顔が寄せられてちゅっと鼻先にキスされた。
「えっ?」
ユーキがびっくりして目を開けると、楽しそうな目をした彼が額や頬や顎の先端、そして唇の端にキスを降らせていた。しまいには舌でちろりと舐めてくる。
「なんだか犬がじゃれているみたいだ」
くすくすとユーキが笑い出す。
「おや、余裕ですね。こういうのは気に入らない?」
「・・・・・気に入ってるよ」
「では、こういうのは?」
ケイがユーキのチュニックの中に手を滑り込ませた。
「ああ、君の肌はとてもすべらかで気持ちがいいですね」
「男の胸を撫で回しても、楽しく な、ないと 思う けど・・・・・んっ!」
ケイの指が乳首を撫で回してきて、思わず自分でも赤くなるような声が出てしまう。
「そんなことはありませんよ。ではこちらはどうです?」
ケイの手がチュニックをたくし上げてわき腹やへその周囲を愛撫し始めている。
「く、くすぐったい から・・・・・」
そうつぶやくユーキの口からは次第に艶かしい吐息がもれてくる。ズボンの前がふっくらと盛り上がっているのに、まだ彼は気がつかない。
「そうなんですか・・・・・?」
するりとケイの手がユーキのズボンの中に入り込んでいた。
「・・・・・っ! ああっ!!い、嫌だっ・・・・・!」
悲鳴のような声がユーキの口からこぼれる。あわててケイの手をのけようとしても、強い刺激に翻弄されて力が入らなくなってしまう。
巧みな手淫でユーキのソレは熱く重さを増していく。くびれの部分を強く弱く扱かれていくうちにとろりと先走りをこぼしていた。気がつけばいつの間にかズボンが下ろされて、下肢がケイの眼下にさらされている。
「ケ、ケイっ!」
自分のからだがどうなってしまうのか、怖かった。怯えた目でケイを見上げると、彼はやさしい表情をしていた。
「大丈夫、僕を信じて」
「・・・・・うん」
ぎゅっと目を閉じて彼の手にゆだねてしまう。すると彼が覆いかぶさってきて、深く濃厚なキスをしてきた。
口腔の中をすべて探っていき、舌を絡めるような深いキスを。
「んっ!・・・・・う・・・・・んっ・・・・・!」
息の継ぎ方さえ忘れてしまいそうだった。
ユーキが深いキスに溺れている間に、ケイは力の入らなくなっている下肢を開かせて指を彼の更に奥へとまさぐっていった。先走りを指に絡めて襞の周囲を探り、ユーキの意識がこちらに向く前にぬくりと差し込んでいた。
「ん・・・・・うんっ・・・・・!」
きゅっと指を締め付けて中へと進めさせない。
「ユーキ、力を抜いて」
「な、なんとかしているんだけどねっ!・・・・・で、でも・・・・・む、無理・・・・・かも・・・・・っ」
あえぎの中から、なんとか答えた。
ケイは上体を戻すと、もう片方の手でユーキ自身を掴みとった。
ゆっくりとリズミカルに扱いていくと、ユーキの意識がそちらを向いたのか、ケイの指を締め付けている強さがゆるんでいった。
双方の手でそれぞれ違う場所をまさぐられるうちに、びくんとからだが跳ねた。
「あ、ケ ケイっ!・・・・・もう・・・・・っ!」
ユーキは悲鳴のような声があがると、ぱっとケイが手を離してしまった。
「え?な、何っ!?」
ユーキがうろたえている間に、ケイの顔がユーキの股間に近づけられて・・・・・。
「あ! ああっ!あふぅっ!・・・・・ああんっ!」
ユーキが白い喉をさらして、啼く。
「あっ!ああん!ケ、ケイっ、や、やめて!で 出てしまう・・・・・!」
ケイの温かい口腔の中にユーキの昂ぶりがすっぽりとくわえられて、舌がねっとりと絡められた。
濃厚で細やかな愛撫が、ユーキ自身と、からだの奥に差し込まれケイの指が探り出した快楽の場所の両方に施されていく。
「・・・・・うく・・・・・んっ!〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ユーキはぎゅっと目を閉じて息を止め、目もくらむような快感の中でほとばしらせていた。
はっ、はっ、はっ・・・・・と寝室の中に荒い息が響く。
ようやく真っ白だった意識が戻ってきて、自分がケイの口の中に出してしまった事に気がついてうろたえた。
「ケ、ケイ・・・・・」
「よかったですか?」
ケイが優しく微笑んでいた。
「・・・・・ん。でも・・・・・」
ユーキはあまりのことに身の置き所がない気分だった。どうして彼の手に掛かるとあっという間にイかされてしまうのだろう?
すっとケイが動いて、ユーキはびくっと肩を強張らせた。今度は彼が楽しむ番なのだろう。反射的に思い出す、あの時の強烈な痛みと混乱の中で与えられた愉悦。
「・・・・・では、お休みなさい」
すっぽりと毛布をかけられ、肩までくるみこむとなぜかケイがからだを起こして立ち上がってしまった。
「えっ!?ま、待って!」
びっくりして飛び起き、あわてて彼の服を掴んだ。
「だって君は・・・・・?」
ケイはまだイってはいないのに。
「僕のことは気にしないでいいのですよ」
彼は平然とした顔をしている。
「で、でも・・・・・!」
男同士だから分かる。途中で止めたら、どれほど苦しいか。
「君に無理強いはしないことにしたのです。この先もあるのですからゆっくり行きましょう。次の機会には最後までいかせてもらいますから」
「・・・・・でも、それって・・・・・僕って、もう君にとって僕は魅力的ではなくなっているってこと?」
ぽつんとユーキがもらした。
「そんなことはありませんよ」
「じゃあ、なんで止めるんだ!?僕がつまらない男だから君を引き止めることが出来ないんじゃないのか!?」
ユーキの瞳が不安に揺れた。せっかく彼に身を委ねると決意したというのに、彼はどうしたというのか。
ケイは黙ってユーキの手を取ると、自分の股間へと押し付けた。そこは熱く固くしこっていて、ユーキの手が触れたことでさらに重さを増していくようだった。
「・・・・・っ!」
ユーキは息をのんだ。
「これ以上進めれば、もう僕は歯止めが利かなくなるのは間違いない。君を傷つけることにもなりかねないんです。理性が残っているうちに退散しますよ」
「・・・・・いいよ、来て。最後までいって欲しいんだ」
「もし始めてしまえば、君が嫌だと言ってもやめられませんよ、それでもいいんですか?」
「うん。僕は自分でこうすると決めたんだ。だから遠慮なんてしないで」
「・・・・・ありがとう」
ケイはささやくとぎゅっとユーキを抱きしめた。
だが、平然とした態度はそこまでだった。むしりとる様にして服を脱ぎ、ユーキを覆っている毛布をはぎとった。
ちらちらと暖炉の火がオレンジ色の暖かな光を放っていて、白いユーキの肢体を照らしている。いつもは白い彼のからだも仄かにオレンジ色を帯び、揺れる炎で影がゆらめいていて、我慢できずにからだをうごめかしているようにさえ見えた。
ケイはユーキのそんな綺麗なからだを目で愛していた。
隅々まで眺めている容赦のない視線に、ユーキは真っ赤になって耐えていた。ちらりと彼の方を見れば、彼の冷静そうな態度が見た目だけだと分かった。彼のからだはユーキを欲しいのだとあからさまに訴えているのだから。
「・・・・・ねえ、もう・・・・・」
ユーキが小さな声でささやく。
ケイの重いからだが自分にのしかかってくると、彼の視線がなくなったことにほっと安心して彼のからだに腕を回した。
もう一度深いキスから始めた。互いの口腔をまさぐり、敏感な粘膜を余す所なく互いに味わう。
「・・・・・ふぅん・・・・・」
ほっとユーキが息をつくと、いかにも甘い声が付いてきて、一気に赤面した。
ケイの手と唇がユーキのからだをまんべんなく味わっていく。触れて、舐めて、なぞって、たどる。時折きゅっと吸い付かれて、ユーキはちりっという痛みにかすかに眉をひそめた。皓い肌には隅々まで赤い所有印が刻まれていき、それがあまりに色めかしくて、更にケイの欲望を煽るようだった。
ユーキの片足を肩に乗せると、下肢の付け根へと顔を寄せた。
「ああっ!・・・・・ケ、ケイっ! そ、そんな・・・・・! そんなとこ、な、舐めたりしないで! やめて! いやだっ・・・・・!!」
悲痛な叫びが上がった。
だがもうケイはユーキの懇願に応えようとはしなかった。この先は彼が怯える隙がないように一気に推し進める必要があったのだから。
カラリ と薪が燃え落ちる音にあえぎと艶かしいうめき、そしてぴちゃぴちゃという水音が混ざる。ユーキの下肢にはもう力が入らなくなって、うっとりと舐め解かれ蕩けてケイのなすがままにゆだねていた。
「いきますよ」
「・・・・・え?・・・・・な、なに?」
初めての強烈な刺激に夢中になっているユーキの下肢から顔を上げると、腰を抱えて熱くて固いくさびをぐっとめり込ませていった。
「・・・・・あぅ・・・・・ひっ・・・・・!」
解されたアナルはなんとか強張り怯えながらもゆっくりとケイを受け入れていく。
「だ、大丈夫ですか?」
「・・・・・う、うん。な、なんとか・・・・・」
「落ち着いて。力を抜いてください」
ユーキは大きく息をつくと、ケイの言葉どおりからだの力を抜こうとした。じわじわと熱い異物が自分のからだの中に侵入し蹂躙する。苦しい違和感と共に不思議な感覚がからだに沁みていく。
「動きますよ」
ゆっくりとケイが腰を動かす。からだの内臓が引きずり出され、かき回されるような感覚と共に奥底にぱちぱちと撥ねるような感覚が生まれる。
「・・・・・はぁ・・・・・っ!」
慎重にしてくれる押し引きの間に少しずつ星のきらめきのような感覚は増えていく。
これは、快感。
いつかの夜に味わわされた激流の中に投げ込まれたような意識も感覚も思いどおりにならない狂乱と奔放な感情の嵐とは違う。けれど、間違いなくこれは、快感。
「・・・・・いいですか?」
ケイがささやく。それに必死にうなずきを返していた。もう言葉らしい言葉は出すことが出来なくなっていた。
「・・・・・あ、ああ、ああん、ああんっ!・・・・・・・・・・」
次第に激しくなっていく抽送に必死でついていく。いつしかあの晩と同じように他には何も考えられない官能の中に身を投じていった。
「・・・・・ユーキ、大丈夫ですか?」
泥のような眠りから揺り起こしたのは、ケイの声だった。
そのあまりにも心配そうな声に、重くてたまらない瞼をなんとかこじあけた。
僕はどうしたんだろう?
と、ユーキは昨夜の記憶をさぐってみたが、途中からは快感に塗りつぶされていて、いつ気を失ったかも覚えていない。
どうやら窓の光の加減を見ると、もう外はとっくに夜が明けて昼過ぎになっている・・・・・らしい。
「・・・・・ケイ?」
ベッドの脇には心痛で青い顔をして顔をゆがめたケイがいた。
「ああ、よかった!あまりに目が覚めないので、君を殺してしまったのかと思いました」
いかにもほっとした様子で表情を緩めた。
「もしかして僕はずっと寝てた、のか? もしかして、君の戴冠式は!?」
「大丈夫。戴冠式は明日ですよ。ただ・・・・・君はほぼ一日寝ていたんです」
「い、一日!? ・・・・・そ、そうなんだ」
ユーキはケイにちょっと照れくさそうに笑い返すと、自分の格好が気になってあわてて起き上がった。
「・・・・・僕は・・・・・う・・・・・っ!!」
からだに力を入れたとたんに痛くってぱたりとベッドに戻ってしまった。めまい。そして、腰の奥のずきりとした痛みとだるさ。額に触ってみると熱もいくらかあるらしく、濡れた布が置かれていた。
「すみません!君があまりにも魅力的なせいで、やはり手加減が出来ませんでした!!」
ケイが平謝りしていた。
「つまり、これって・・・・・?」
俗に言う『やりすぎ』というものか、初心者相手に遠慮なしに何度も求めたために、からだの方が先に悲鳴をあげたということらしい。
「・・・・・謝ったりしないで。これは僕も望んだことなのだから、君に後悔などして欲しくないんだ」
僕はすまながっているケイを安心させたかったけど、出てくるのはかすかすにしゃがれた声。
「はい」
ケイは神妙に返事をした。
「それより君は戴冠式の準備で忙しいはずだろう?みんなやきもきしているんじゃないのかい?」
「・・・・・ええまあ。ですが君の具合が心配で仕事など手につきません。これは僕の責任ですから」
ケイがあまりにも真剣な表情で子供っぽくふくれてみせたので、ユーキはくすくすと笑い出してしまった。
「とにかく、僕はもうだいじょうぶだから。周りにいる人たちに心配をかけちゃだめだよ。もう政務に戻って」
「・・・・・ですが」
しかし、ユーキが黙ったまま睨みつけると、しぶしぶケイは腰を上げた。
「緊急の案件を片付けたらすぐに戻ってきますので」
「ん。いっといで」
そう言うと、ユーキは痛むからだをだましだまし起き上がると、ケイの唇に自分からキスしてくれて、ケイはほっと表情をゆるめた。
ケイをよく知る人にとっては機嫌がいいと分かる顔で、すっかり溜まってしまった政務のあれこれをこなすべくユーキの寝ているケイの主寝室から自分の政務室へと戻っていった。
ここ数日ユーキがケイの罪を知ってどう考えるのかと思うと不安と絶望でいてもたってもいられなかった。けれど彼がケイを受け入れて愛してくれたのだ。
ケイはその時 歓喜と例えようもない幸福感を味わった。
そして、切なる望みだったユーキとの愛の交歓。
もっともユーキの具合を悪くさせてしまい、再度不安にさいなまれる事になってしまったのだが。
ユーキの決断がケイにとってどれほど計り知れない価値があるものか、ユーキは死ぬまで分からないだろう。
覚悟を決めて自ら修羅の道を選んでしまったケイを理解しついて来てくれる人間というのは、言わばエデンの園を追い出されたアダムとイブのように、悪や罪を知った上で、手に手を取って同じ運命を選んでくれる人間ということになる。
ケイはユーキが自分の思いを受け止めてくれることなど出来ないと信じていた。いや、永遠にありえないとさえ考えていた。まして、強姦した男の激しい情熱を一晩受けてなお自分を受け入れてくれるなどと。
今夜一晩共に過ごしてみれば、ケイの荒々しさや淫乱さに恐れをなして関係を結ぼうと言い出した事を後悔し、ケイを捨ててさっさと逃げ出すだろうと思っていたのだ。
だから、せめて今夜一晩、彼のからだを抱きしめて過ごし、それを彼をしのぶよすがにすればいいと思い定めた。
あの嵐のような一夜のことは今も記憶に残っている。罪の匂いのする甘い夜を。
だが、ユーキに許されて歓喜に震えながら彼を抱いてみると、あの時よりも何倍も敏感に反応してケイを喜ばせてくれた。そして、甘く受け入れてくれるその肌の触れ具合や抱きしめた時の抱き心地のよさ。
無我夢中でむさぼってしまい、ついにはユーキを気絶するまで抱いてしまった。
この行為が必ず彼に怖気させてしまうのではないかと怯えつつも、むさぼる欲望を止める事が出来なかったのだ。
けれど、気絶から目覚めたユーキは、ケイの行為を咎める事もせず怯える事もなく、照れくさそうに笑ってくれた。その微笑を見たときの嬉しさ!そして切ない驚き。
彼の信じきった笑顔を見たとき、ユーキの気持ちを信じていなかった自分を恥じた。ユーキはこうやってケイを受け入れてくれたというのに!
ケイは信じることの薄かった神に心からの感謝の祈りを捧げていた。
「願わくば彼が自分に絶望し去ってしまうことのないように。彼の目があるからこそ僕は僕でいられる。彼が僕を愛している限り、僕は偉大なガリアの王となっていられるだろう」
ケイは終生の伴侶という宝物を授けられたのだから。
ケイは、神と自分とに密かに誓いをたて、その誓いは叶えられることとなった。
2006.10/3 up