圭さん、お誕生日おめでとう！眠っている悠季に何をしたい？

すっかり梅雨も明け、外は夏の盛りになっている。

時々道路の方から聞こえてくる子供たちの声は、学校のプールに誘い合わせて出かける声か。

僕は頭の隅でそんなことを考えながら、ピアノ室のソファーに転がっている。

バイオリンを弾くには湿度の高い日本の夏はきついけど、夏の暑さを感じるには窓を開け放ってみるのも気持ちいい。

ちょっとだけと思って目をつぶっていたら、なんだかからだが動かなくなってしまった。

うとうとと夢と現実の狭間で、庭の蝉の声を聞いている。

レースのカーテンを揺らす風が今日は心地よい。

毎日のようにバイオリンと向き合って過ごす日々は楽しいけれど、時々追い立てられるような圧迫感で息苦しくなることがある。

そんなとき、圭がちゃんと息がつけるようにしてくれるんだけど、今は珍しく八月なのに海外へ遠征中でそれも出来ない。

今度帰ってきたらしばらくは日本にいられるはずだ。今日の彼の誕生日には間に合わないけど、帰ってきたら一緒に祝おうと思っている。結婚記念日も一緒にね。

だからそれまで頑張っているつもりだったんだけど、今日はなんだか気持が乗らなくて、ちょっとだけ怠けることを自分に許した。

このところ根をつめて練習していたから、反動が来たんだよ。きっとね。

「悠季、眠っているのですか？」

ああ、夢なのだろう。まだ帰って来る筈のない圭の声が聞こえてくる。

いい夢だな。

そう思って、ほんのりと口元に笑みが浮かんだ。

「こんなところで寝てしまってはよくありませんよ」

たしなめる声。でも、甘やかしてくれる優しい声だ。

ほんのりと唇に温もりさえ感じて、僕は唇を開いた。

もっと。君とのキスは気持ちがいいから。

「寝ぼけているのですか？それとも誘っている？」

どちらでもないよ。いい夢を終わらせたくないから、目を閉じて味わっているんだ。

「仕方ない人ですね」

笑いを含んだ声が僕の唇へと降りてくる。

気持ちのいいキスが深くなり、僕の口腔を彼の舌が蹂躙する。

僕は彼を抱きしめたくて腕を上げようと思ったんだけど、からだは眠ってしまったままなのか、動かすことが出来ないのが残念だ。

「このまま続きを･････と言いたいところですが、長旅から帰ったばかりですからシャワーを浴びてきますよ。それまでには眼を覚ましていてくださいね」

ぞくりとくるようなつぶやきを耳元にささやいて、立ちあがる気配がした。続いて部屋を出ていく音と、ぱたりとドアが閉まる音を聞いていた。

ああ、残念。夢はここまでか。

これが本当ならよかったのになぁ。現実なら、目を覚ませば帰ってきた圭がして、シャワーを浴びてまた戻って来る。

でも現実なのだとは思えなくて、目を覚ますことが出来ない。圭が帰って来るのはまだ三日後の予定。今頃は欧州でオーケストラを指揮しているはずなんだから。

気がつくと、ひんやりとクーラーの効いた部屋のベッドの上に寝かされていた。からだに感じるのは慣れたウォーターベッドの感覚。僕らの寝室だ。。

あたたかなものが僕の唇に押し付けられてきた。まるで、圭の唇のような･････。

「･････あれ？」

「ようやく目が覚めましたか」

よく響くバリトンは確かに圭の声。目を開けると、どアップの圭の顔。ベッドに寝ている僕に覆いかぶさってキスをしていたんだ。

「眠り姫はつれないことだ。何度キスしたか分かりませんよ」

緩やかにベッドがたわんで、圭が僕の横に座った。

「･････夢じゃなかったんだね。お帰り。早かったんだね」

圭のただいま帰りましたの声は、再度の熱いキスと一緒だった。

久しぶりのキスを堪能して僕はほっと溜息をついた。ようやく眠気が覚めて、圭が戻ってきたことを実感した。

「残念と言うべきか、ラッキーと言うべきか、向こうのオーケストラがストライキを始めてしまいましてね。指揮者の出番はしばらくお預けとなってしまいました。せっかく君が祝ってくれるのが分かっているのですから、無駄に向こうで過ごすよりは多少無理をしても君に会える機会を失いたくなったのですよ」

「そりゃまた･････。思いがけないことだったんだね」

契約の関係で、予定日に演奏会が開けない場合、延期されることになるのだという。

「二日後にはまた向こうに行かなくてはなりませんが、それまではたっぷりと時間がありますよ」

「無茶をして体調をくずしたりするなよ。帰って来てくれたのはとってもうれしいけどさ」

はい。という言葉は僕の唇の上に。

「きちんと当日に来られたのですから、誕生祝いを頂いてもよろしいですか？」

今圭が望んでいる誕生祝いが何かはよく分かる。

でも。

「やだ」

「おや」

「それじゃお祝いにならないじゃないか。帰ってきてくれたサプライズは僕の方が嬉しいんだから」

「･････かわいい事を！」

「だから、僕がいろいろとしてあげる」

僕の言葉に目を見開き、圭はうれしそうに笑った。

「それは、嬉しいですね。それで、僕はどうすればいいですか？」

「･････黙って。僕の自由にさせて」

僕は起き上がって圭を押し倒し、着ていたバスローブを開いた。思わずごくりとのどがなった。

僕に見られているせいか、いつもよりもぐんと圭が大きくなっている気がする。僕がこれからどうするのか余裕の笑みで見ているのがちょっとしゃくだ。

口を開くと、顔を伏せて唇と舌と指とで圭を愛した。

「･････ああ、いいですよ。悠季。･････うっ」

かすれた声が僕の愛撫に感じていることを教えてくれる。僕の髪の毛を掻きまわす手が熱くなる。

もっと感じて。もっと楽しんで。

「も、もうだめです！」

圭の指が僕の髪を掴んでうめき、熱いえぐみが口の中いっぱいに広がった。僕が顔を上げると、男っぽい顔にはぱらりと前髪が落ち、ほんのりと目元が染まっていて、悩ましげな顔が色気を醸し出す。

「よかった？」

　僕が尋ねると、圭は苦笑してみせた。

「ええ、とても。ですが、おかげで余計に飢えてしまいましたよ」

「えっ？」

僕のからだはくるりと一回転し、圭と場所を逆にされてしまっていた。

「これだけで満足出来るとは思っていないでしょう？明日は一日ベッドから起きられないことを覚悟してください！」

そんな怖い言葉を口にして、圭は僕に襲いかかってきた。でも、僕は腕を広げて圭を迎え入れた。

僕こそ、喜んで！

そうして、次の日もかなり陽が上がった時間、ようやく僕は目が覚めた。

僕の声はすかすかにかすれてしまっているし、圭が予言したように腰がふらふらで立てなくなってしまった。

あーあ。

上機嫌の圭は、鼻歌まじりの様子で僕をべたべたに甘やかして世話してくれた。

そして、その翌日にまた演奏会のために出かけていった。

「結婚記念日の前には戻れます。愛していますよ、悠季」

耳元にささやかれた甘いバリトンは、また孤閨に残された寂しさを強くするものだけど、今回はまたすぐに帰って来るのが分かっているから、辛抱できるだろう。

僕はカレンダーに大きな花丸をつけ直し、圭が帰国するのを楽しみに待つことにした。