後朝

きぬぎぬ


「・・・・・き」

「・・・・・悠季」

「・・・・・守村さん」

何度も彼の耳元にささやきかける言葉。

「・・・・・ん・・・・・?」

少しかすれた声が、どきりとさせる。

「そろそろ起きませんか?」

「ん・・・・・起きる・・・・・」

悠季が重い瞼をようやく持ち上げると、そこにはすっきりとした顔をして微笑んでいる桐ノ院が覗き込んでいた。

「・・・・・何時?」

「10時を少し回ったところです」

「寝すぎたよ。しまったなぁ・・・・・」

物憂げなしぐさで毛布をはいでベッドから身を起こした。

昨夜の余韻をまとったままの白い裸身が現れて、桐ノ院はすっと目を逸らした。

まだどこかぼうっとした表情は、昨夜の快感に溺れていたときの顔を容易に思い出させるもので、ゆっくりと髪の毛をかき上げながら小首をかしげている姿は、昨日の夜のあれこれを思い出しているのか、いかにもなまめかしい。

桐ノ院の手がふっと出そうになり、途中で止まった。

また彼を抱きたい衝動をぐっと押さえつける。





これ以上彼を拘束することは出来ない。



本当の恋人になったわけではない、彼は。




「シャワーを借りるよ」

そう言ってバスルームに消えていく悠季の背中には、彼が知らないキスマークが幾つもちりばめられていた。

彼の目に付く場所には決してさせてもらえない所有印キスマークが。

まるで自分の部屋になってしまったかのように置かれていた着替えを身につけて、悠季がバスルームから出てきた。

「自分の部屋に戻るよ。邪魔したね」

「またバイオリンの練習に来られるのでしょう?このままここにいらっしゃってもいいのではありませんか?」

「いろいろと片付けなきゃいけないこともあるからね。後でまた来るよ」

微笑んで部屋を出て行く悠季を、桐ノ院は黙って見送ることしか出来なかった。







           悠季は本当の恋人になってくれるのだろうか?






             いつになったら?





                 桐ノ院は何度も心の中に問いかけた。














                           その答えは、いつも出ない。


                                                           

「赤い靴ワルツ」の頃のお話です