最近、悠季の様子がおかしい。
僕の名前を呼ばないのだ。正確にいえば、『圭』と呼ばなくなった。僕のことを、『桐院有』と呼ぶ。
伊沢邸の二人だけで過ごす時間は、『圭』と呼んでいたのに、この変化はなにを意味しているのか。
「・・・・・トウノインさん」
そのうえ、フジミにおいては、名ではなく、姓を呼ぶ。
コンと新人団員とのけじめといえば、大多数のメンバーには、微笑ましく映るらしく、概ね好評だ。ただ、ごく一部には、静かな笑いをもって受け入れられているのを、悠季は知っているのか、問いただしたいところではある。
「千希くんは、桐院さんって、呼ぶのね」
ごく一部の代表格が、今夜こそと、からかいによってくる。
「みなさんだって、『トウノインさん』でしょう?」
「あら、練習が終わって、ホールを出たら、『有ちゃん』よ」
「せめてもの、けじめですぅ」
その年で、その喋りを許されるのは、人徳以外の何物でしょうね、春山くん。
そもそも、悠季をダシに僕をからかうのが目的ですか?
「それよりも、早く椅子を片付けたいのですが、よろしいですか?」
「・・・・・片付ける、って、・・・・・」
悠季の目が真ん丸に見開かれている。
僕が椅子の片付けをするのが、それほど意外ですかね。昔も片付けていたではないですか。
「出入りし始めたのが、15、でしたか?世間の評価はどうであれ、ここでは、まだまだ、子供扱いですよ」
「あら、最初に会ったのは、5つだったかしら?守村さんに手を引かれて、それは、可愛かったわ」
「そーすっよ。
コンとはいえ、子供みたいなもんすっよ」
特に、この方々には、父を亡くした傷心の息子として、何くれとなく世話をやいていただきましたから、余計に頭が上がらないのですよ。
肩をすくめただけで、いまの僕と彼女らの関係を察してくれたようで、僕を見上げる目には同情に色がある。
が、なぜ、
「・・・・・子供扱いも、当然か」
その呟き、ですか?
僕を指しているようには、思えないのですが。
そして、お三方も同じ結論に達しているようだ。
「え、ナニナニ」
いかにも、トラブルの匂いに群がります的な態度は、やめていただきたいのですが、おそらく、プライバシーにかかわりますので。
しかし、当事者によって裏切られる。
「『トウノインさん』が、僕のことを子供扱いで、過保護すぎるって話です」
あっさりと、好奇心を満足させる答えを差し出すのだ。
ですが、悠季、いつ、そんな話になりましたか。
言いたいが、ここには、他人の目がある。家に帰るまで保留にしておきましょう。
そして、僕に当てつけるのが目的のため息は、川島くん。
「有ちゃん、そんなとこまで、桐ノ院さんにそっくりって・・・・・」
時々、この三人には、ばれているのではと思う時がある。ヤブをつつく危険性があるので、確認できる事でもなく、今夜もまた、疑いだけを持ち帰る。
「有、ちゃん・・・・・」
悲しいものを見たように、ただ名前だけを呼ばれる。それほどまで、呆れられることだろうか。
15才年下の従兄弟、かつ、目指す世界の先達となれば、保護者になるのでは?
「千希の保護者を自認していますからね。当然です。
こちらでなにかあったら、千恵子伯母上に合わせる顔がありません」
よりいっそう深まる呆れに、悠季が、焦って否定するが、どうしてですか?
「違います、彼が勝手に、思ってるだけです」
「そうですか?日本にいないときは、ともかく、ここにいるときは、伯母上よりも、素早く動けると思いますが」
ですから、僕を頼ってください。
見れば。
なににどう反応したのか。耳まで真っ赤になり。
「ち、違います。
こっちでの保護者っていうか保証人っていうか、引受人っていうか。・・・・・・小夜子さん、なんです」
「さ、よこ、さん・・・・・・」
意外な名前に、五十嵐くんがうめき。また、反応する。今度は、左右に大きく振りかぶりながら。
「い、や。だって。
確かに、コレ、は、僕の従兄弟ですけど。
僕はもう、桐院家とは、関係がなくて、そもそも、別れた夫なんですよ?死んでるうえに再婚した以上、本当にもう、何の関係もないんだけど。でも、遠慮もなにもなしに、コレがうちに出入りしてるもんだから、代りにって、成城に招かれたりしてて」
すでに、悠季は、混乱の極みといった状態で、守村悠季と多田野千希が入り混じり、本人すらなにをいっているのか判っていない。
「その縁で、って、だけ。なんです。だから、叔母さんなんて呼べないし、そうすると小夜子さんしか、ないんです」
一息に喋り、頭を振りつづけていた所為か、思ったとおり、くたんと倒れこむ悠季を支える。
「うちの家族は、悠季父さんの、ああ・・・・・・バイオリニスト守村悠季の大ファンなんです」
この一言で、それぞれ納得してくれる。――ひとりを除いては。
「だったら」
脱力してすっかり大人しく腕の中に収まる悠季が、くちづけをねだるような力の入らない目で見上げてきて。
「僕の半分くらいは、かまってくれてもいいだろ?
顔を合わせるたびに、お兄さまを横取りする邪魔者って睨まれるこっちの身も、少しは考えてくれる?」
「客人を優先するのは当然でしょう?
それに、ファザコンのうえに、シスコンとも呼ばれるようになったら、――――人生、終わりですね」
出し抜けに、けたたましい笑い声がした。
「五十嵐さん。笑うとこじゃありせんよぉ」
僕の腕の中で、何故か、悠季は泣き出しそうになっている。それこそ、泣く所でもないでしょう。
「いっ、いいっす。サイコーっすよ。
それでこそ、『桐院有』っす。千希くんをかまう半分で、シスコン扱いって。じゃ、千希くんは、どれだけかまい倒されてるんだってーのっ」
僕としては、事実を述べたまでのことだったのですが、殊のほか、五十嵐くんには、うけたようです。
が―――
「・・・・・千希くん」
川島くんの思い詰めた声に呼ばれ、悠季は身構えた。
「女の子、だったら、箱入り間違いなしよ」
しかし、声の震えは隠し切れない。
「えー、有ちゃんの入れ込みようなら、男の子だって、箱入りですよぉ。
だって、千希くんは、有ちゃんの『大事なバイオリニスト』ですからぁ」
どんな意味か、くふっと笑う。いつか見た光景に、呆れを隠す意図で、川島くんに、もう一度ため息をつかれた。
結局、あのまま、モーツァルトに連行された。ふじみと同じく二代目店主に代わっていたが、フジミの練習後のコーヒータイムの場所であることは変わりはない。
今夜はとことん、千希をネタに僕をからかい倒すつもりらしい。
僕と悠季を並べて座らせ、自分たちは、向かいに三人で座る。
「千希くんが、フジミへやってくるのを、本当に待ってたのよ」
「そー、です。これでやっと、コンチェルトができますぅ」
「・・・・あ、の・・・?」
春山くんの問題発言を聞きとがめた悠季は、控えめに疑問を提示し。
「有ちゃんが、お父さん以外のバイオリニストとコンチェルトをしたくない、なんて、我が侭をいうから、つい、ねぇ」
ちらりと視線を投げられたのは、自分で釈明しろということですか。
「仕事ならともかく、趣味の活動でまで、やりたくはありません」
酷く子供っぽい言い草だが、他に言い様がないのは仕方がない。
悠季は、批難の眼差しを寄越すが、フジミが民主主義である以上、常任指揮者の僕の我が侭だけで、通用するわけがないでしょう。フジミの総意です。
「初めてのバイオリンコンチェルトは、絶対に、千希くんとだって、いうのよ?」
「子供のおねだりをきいてあげるのも、大人の度量ってもんですよ」
色々・・・・・・色々物言いたげな眼差しに晒され、弁解しようにも、視線で「あとでね」と宣言されてしまえば、少しでも、僕に有利な情報を与えておかねば、あとが怖い。
しかし、そのチャンスすら、与えてくれない。
「じゃ、定演は、どんな曲をしてらしたんですか?」
「うーん、コンチェルトとか」
「????。
いま、コンチェルトはって・・・・・・って、まさか、飯田さんに押し付けてたとか?」
「いやーねぇ。チェロにだって、コンチェルトはあるのよ。やりたくないのは、バイオリンだけ。ソリストは、五十嵐くんとか」
「イガっ・・・・ら・・・し、さん、が・・・・・・ソロぉ?」
名前も満足に呼べないほど、意外だったのか。
公共の場での大声に、慌てて口を押さえたが、もう遅い。他の客にぺこりと頭を下げて、今度は小声で、五十嵐さんがソロ?と言い直した。
「不肖、五十嵐健人。ソロを務めさせて頂きました。が、やっぱり、オケのほうが性に合ってんっすよ、これが。もぉー、俺ってば、根っからのオケ人間って再確認できた貴重な経験だったす」
「だからぁ、今度の定演は、千希くんのソロで、メンコンよねぇ?」
初めて、僕が悠季とコンチェルトをやった曲であり、また、同時に、フジミにとっても特別な曲でもある。
この三人が願えば、多数決が信条のフジミでも可決される。いや、既に団員の総意は決定していて、ソリストへの打診の段階にはいっていても驚きはしない。
「僕、準団員ですよ?」
「コンとコンマスの再来っていわれるふたりと、どうしても、コンチェルトをやりたいの。それもメンコンよ、メンコン。ぜったいに、メンコン。最初はそれ、譲る気はないわ。いきなりソリスト、しかも相手は、天下の桐院有。断りたくなる理由も判るわよ?千希くんが、学生で大変だってことも、知ってるわ。でも、この二人は、ともかく、私はね、毎年定演ごとに体力の低下を感じるの。のんびり来年を待ってたりすると、現役引退が先に来るのよ。時間がないのっ。それに、千希くんの前では、分別があるふりしてる有ちゃんが、じつは我が侭なお子様で、千希くんがフジミにいるのに、千希くん以外のソリストを相手にしなくちゃいけない不機嫌っぷりだけはみたくないの。うん、まぁ。それはそれでたのしいからいいんだけどね。世界的な名声をえてる指揮者先生のそういう姿ってのを見せ付けられれば、居た堪れないってのも、本音だったりするのよ。だから、二度とはない15の夏の思い出に、メンコンはどう?」
それだけ一気に畳み掛けることの出来る川島くんのフルートを吹けなくなる日は、まだ当分先のような気もしますが。
押され気味でも、一言も声を立てず、一度たりとも首の角度を換えない用心深さを見せているのか、ただ、迫力のあまり硬直しているだけなのか、な悠季と、無意識の相槌ひとつを了承のサインだと、てぐすね引いて待つ気迫が仄見える川島くんは、最後の一押しと。
「千希くん、おばさんのお願い、叶えてくれないの?」
年齢を重ねても魅力的、三角関係から始まった付き合いの僕らにとっては、いまだに威圧的な笑顔で迫られる。
自分では断りきれないと判断して、僕に助けを求めてきたが、忘れてませんか?僕だって、一日でも早く、きみとコンチェルトを競演したいと願っているのですよ?
気付くと。
―――今回の最終目的は、本当に、ソリストの確保だったようだ。
川島くんたちの勢いに押され、定演のソリストを約束させられていた。
やっと、解放され、まさしく解放である。悠季は辿りついた我が家のテーブルで行き倒れになっている。
「悠季、眠いのなら、そのままで結構ですから、早くベッドにお行きなさい」
「うーん?気疲れしただけ」
「疲れているのでしょう?」
「だーかーらー」
「悠季、だだをこねないで、お休みなさい」
四月も半ばを過ぎ、環境が変わっての疲れがでたのだろう。悠季は、一向に起き上がろうとしない。できないのか?このまま、抱き上げて、運んでしまったほうがはやいだろうか?
「川島さんと春山さんは、いいんだ。でも、五十嵐は、気を抜くと、『五十嵐』なんだ。やっぱ、まずいだろ」
「はいはい、話は明日、聞きますから。お願いですから、悠季、聞いてますか?」
「そー、それ」
「はい?」
悠季は、ホットミルクで、酔っ払う体質だったろうか。
「この間から、まずいなって思ってるんだけど。
きみは、『悠季』って、響きが好き?」
「ええ」
きみの名前ですから、当然です。
「じゃ、『千希』は?」
「きみの名前ですから、どちらも好きですよ」
「ああ、ならよかった。今度から、そっ、ちで呼・・・・んでく・・・れ、る」
と、いうだけ言って、悠季は、僕の恐れた通りに、本格的にテーブルに沈没した。
正統派英国式朝食を前に、悠季は、昨夜の話を蒸し返した。僕としては、よくぞ、覚えていたものだと感心する。
「『千希』と呼べということですか」
「そう、きみにはいらない心配だろうけど、きみのことを『桐ノ院』って呼んでも、『桐院』だから、問題ないけど。
『圭』って、呼んじゃったら、フォローのしようがないんだって、気づいたんだ」
はぁ。
「音高なだけあって、『桐院有』の話題がでた時に、やっちゃったって状況になって、これは、普段から気をつけないとまずいなって」
「それで、ぼくにも『多田野千希』と呼べと」
「きみは、間違えないとは思うよ?
だから、僕の問題。
フジミで『守村悠季』の名前がでたとき、返事をしかけたことがあって、だから、ごめん」
そうでした、飯田くんもなにか感づいているような素振りを見せてます。もともと、勘の鋭い人ですから、彼には、油断できません。
「僕が『悠季』と呼びつづけると、混乱が収まらないと、そういうことですね」
「だから、ごめん。
そんなところで、ばれたくないんだ」
「ええ、かまいませんよ。きみが望むのなら『多田野』でもいいですよ。
ああ、そうすると、フジミでは、『多田野』くんになるのですかね」
「そう、なるの、かな」
隠しているのならともかく、仲がよいと思われている従兄弟同士が、姓で呼び合うのは、学芸会じみて、余計に目立つきもしますが。
「で、きみはなんと呼んでくれるのですか」
「あー、それね。考えたんだけど、いくら従兄弟でも年上に呼び捨てっていうのは、ちょっとねぇ。
でも、今更、『お兄ちゃん』って年でもないだろ?
『有ちゃん』?『有くん』?『有兄』『有兄さん』?『有さん』になると、他人行儀っぽくなるよね」
「僕は、小夜子『さん』と呼んでいましたよ」
それに習い、今の異父弟妹も『さん』と呼ぶ。
「きみは別。育ちが違い過ぎ」
悪い意味での環境が違いすぎるような気もします。
そして、千希は、本当に呼ぶ気があるのか疑問に思う呼称ばかりを増やしていく。いいかげんで止めないと、後悔するのは、僕になりそうだ。
「今後のこともあるのですから、シンプルにするのがよろしいかと思いますが」
「シンプル?『有ちゃん』?」
つまり、それが、お気に入りなのですね。
「ですから、これからは、人前で名前が呼べるのですよ。後ろめたくもなく。むしろ、呼ばない方が疑われます」
「・・・・・だね」
痛くもない腹を探られる可能性もある。
「では、考えてください。
ここに、飯田くんがいます。」
「うん」
「きみは僕と帰るために、話が終わるのをまっています」
「・・・・・そういう場合、一人で帰るもんじゃない?」
「なんのために、保護者を公言してると思いますか」
趣味、と一言。違います。
「過保護な保護者が、夜遅く、同じ家に帰るのに、先に返すと思いますか?」
「うわぁ、かほご・・・・
僕なんか、ソラくんをひとりで帰してたよ」
「彼の保護者は、高嶺ですよ。
それよりも、飯田くんとは、会話は途切れました。
僕に、声をかけてください」
「うーん、そういう時って、声をかけないのが常識?
――――まじめに考えるよ。
えーと。桐院さん、話終わりましたか」
「飯田くんの反応の見当はつきますか」
ううん、と首を振る。見当がついたら、そうは言わない。
「従兄弟に、それ、か。と、呆れて笑いますね」
「だって、フジミじゃ、コンと一般団員、しかも準団員だよ。礼儀とかけじめとか、あるじゃないか」
「それで、ホールを一歩出たら、従兄弟ですか。川島くんの失笑が目に見えるようです」
「・・・・・・つまり、他人行儀が嫌なんだね」
「せっかく、従兄弟に生まれたのですよ?せいぜい、堪能しなくて、どうします」
あからさまなため息は、白旗を掲げると同じ。
「分かった。でも、世界的指揮者のきみの従兄弟として、最低限のけじめはつけさせてもらうよ?」
悠・・・・千希のここぞと決めた意志の強さは、悠季と変わらず、それ以上なのだから、ここが妥協点になるだろう。
「ええ、かまいませんよ。きみのいう最低限を楽しみにしてますよ」
「なら、『有ちゃん』でいいんだね」
「ねぇ、千希、もう一度、考えてください。
飯田くんが、それを聞いてどうするとおもいますか?」
「仲のいい従兄弟?」
「爆笑しますよ。
強面で売る天才指揮者サマも、従兄弟には『ちゃん』か。形無しだなぁ。と。
ついでに、言っておきます。その話は、翌日の練習場のトップニュースになってますね」
「だって、フジミのみんなは、『有ちゃん』だろ?なんで、僕だけがおかしいんだ?」
「だから、彼らは、僕を子供扱いなんですよ」
「うちは、いくつになっても、従兄弟はちゃんづけだよ?」
「桐院家では、さんですね」
「格式が、違うんだねぇ」
感心したふりで、ごまかそうとしていませんか?
「10年先を考えるなら、『有』と呼んでおいても、いいのではないですか?」
しばし、黙り込み、
「『有ちゃん』じゃ、だめ?」
可愛らしく首を傾げて、聞いてくる。
「子供扱いされているようで、いやです」
『有』は、父方では伯母たちの影響で『有ちゃん』と呼ばれている。伯母たちがそう呼ぶせいか、従兄弟同士も同じように呼び合っている。
しかし、『圭』には、『ちゃん』と呼ばれた経験は、澄江さんしか知らず、それは、親愛が籠もっていようと、子供扱いだったのだ。僕にとり、『ちゃん』と呼ばれることは、親愛よりも子供扱いされているように思えるのだ。
千希に呼ばれると、親しみよりも、子供扱いされているようで、心地よくはない。
「『有さん』は?」
「他人行儀では、ありませんか」
呼び方に、こだわる当たり、子供と思われても仕方がないでしょうね。
「『有』と呼んでくれるまで、きみのことは、『ちぃちゃん』、『ちぃ』と呼びますよ?」
「・・・・いいんじゃ、ないの?」
どうして、この呼び名が脅迫条件になるのか理解していない。
「『ちーちゃん』ではないですよ?」
ニュアンスの違いには、気づいたようだ。父上には『千ちゃん』あるいは『千』と呼ばれている。が、僕が呼ぶのは、『小ちゃん』『小』。小さい子といった意味合いである。
「ねぇ、『ちぃ』。
僕らは、肝心なことを忘れていませんか?」
「なに?」
「生まれ変わった、新しい人生を歩むために、今の自分を生きるのは、当然です。
魂と名前を一致させる努力も必要です。従兄弟である、僕らの関係をどう呼び合うかも大事ですが、僕らは、従兄弟である前に、恋人でしょう?
恋人として、呼び合いましょう」
名前で呼び合っても、それこそ、不自然ではないのだから、この境遇を堪能せずにどうするのですか。
「・・・・・・・じゃあ、やっぱり、『有』?」
乗り気しなそうな、それはどういう意味なのでしょうか?そんなに、言いたくないと?
「いや、なんですか?」
「嫌って、いうか・・・・・・『有』って、呼ぶと、そのぉ、きみが、あーその、子供・・・・」
うつむき、言いよどんだ末に、言い換えた。
「息子、だったころを、思い出しちゃうんだ」
「・・・・・・『有ちゃん』で、けっこう」
僕に、ほかに、なにが言えただろう。
2006.9/27 up
『きみの なを よぶ』