ベランダに圭が座っている。
秋の日の昼下がり。まだ寒さはやってこないこの時期、ベランダは居心地の良い場所だ。
膝の上にはさっきまで読んでいたブックカバーをつけた薄い本が伏せてある。
とろりとした飴色が綺麗な皮のブックカバーだ。
ぱらりと前髪が落ちて来るとさりげなくかきあげている指がとても色っぽい。
何やら考え事を始めたようで、憂い顔をしている姿はとてもかっこいいと思う。
僕はそんな彼の姿を見ているだけで、とても楽しい。
真剣な顔をしていたと思ったら、そのうちじっと庭を見たり空を見上げたりしながらため息をついたりしている。
いったい何があったのだろう?
何が彼を悩ませているんだろうか?
別に、昨日の宅島くんの様子も変わった事はなかったし、今取り掛かっている音楽関係の悩みでもないと思うのだけど・・・・・。
「ねえ、圭」
我慢できなくなって、僕はベランダへ出向いていって声をかけると彼はびくりと肩を揺らした。
「ああ、悠季」
「なんだかずいぶんと考え込んでいるみたいだけど、何かあった?」
「いえ、何もありませんが」
あわてて伏せておいた本を閉じて、そそくさと立ち上がろうとする。
俯いたまま、僕に視線を合わせようともせずに。
普段の圭ならまっすぐ僕の方を見てほほ笑んでくれるのに。
「僕に相談できないようなことならしかたないけど、君が悩んでいるように見えたから心配になったんだ」
すると圭はひどく驚いた様子で僕に向き直ってきた。
「・・・・・そんなふうに見えましたか?」
「うん。僕じゃたいした相談相手にはならないかもしれないけど、話してみるだけでも気が晴れるかもしれないよ」
「ああ、そうですね・・・・・」
でも、何やらためらったままで、話し出す気にはならないようだった。
以前のまだあまり気心が知れないうちなら、僕を信用していないのかと傷ついたかもしれない。
でもそれは、圭が誰にも心を開くことが出来なかった頃のなごりだったんだって、今は知っている。
だから、今の彼ならそんなことはない。
たいていの事柄なら僕に相談してくれる、はずだったけど・・・・・。
君を悩ませていることって、そんなに重大なことなのかい?
僕を傷つけまいと気遣って、言わないこと?
またSポンが何か言いだしてきたのだろうか?
決着がついていたはずだけど、もしかしたら何かまだ問題が残っていたんだろうか?
それとももしかして、圭が活動の場を欧州に移したいと思っているとか、
オペラの勉強のためにしばらく向こうへ行きたいとか・・・・・。
もしかしたら、僕がしたことで気に障っているとか・・・・・。
もしかして・・・・・・・・・・?
普段僕が心ひそかに恐れていることや不安に思っている様々なことがらが、ぐるぐると頭の中を駆け巡っていく。
「ああ、すみません。別に君に心配をかけるつもりはなかったのですが」
ひどく困った様子で、圭は切り出した。
「その・・・・・こういうことを言うと君が怒るだろうと思いましたので、言わないつもりだったのですが」
「僕が、怒る・・・・・?」
いよいよ僕の恐れていたようなことを言い出すつもりなんだろうか?
「君にお願いしたいと思っていたのですが、きっと断られるだろうと思いましてね」
「言ってみてよ。君が頼むことならなんでもやるから!」
「いえ。君に負担をかけてしまうようなことは出来ません。嫌われたくないんですよ、悠季」
「そんなことはしないよ!君がそんな困った顔をしている方が心配なんだから、なんでも聞くよ」
「・・・・・いいのですか?」
「うん。君がそうしたいというのなら、僕はどんなことでもやってみせるよ」
たとえ、しばらく別れ別れに住む事になっても、笑って送りだして見せるから。
「本当に?言い出してからやはりだめだと言うのは、なしですよ」
「う・・・・・いいよ」
何度も念を押されて、僕は腰が引けてきたけど、こうなったら意地でも笑って圭の望みを叶えてあげようじゃないか。
「これを・・・・・お願いしたいと思っていたのですが、君はきっと嫌がるだろうと思っておりまして」
圭が僕に開いて見せたのは、先ほどまで膝の上に置いていた、皮のブックカバーを付けた本。
目に飛び込んできたのは、一面の裸のイラスト。それも、男同士の・・・・・!
「こ、これって・・・・・!」
「新しいタイプの四十八手本ですよ。
以前持っていた本とこれとは少し違っているんです。それでですね。この体位はまだやったことがなかったので・・・・・」
実に嬉しそうに解説を始めた。
つまり、圭が真剣に悩んでいるように見えたのは、やってみたい体位があったのだけど僕が断るだろうと思っていたせいで、
僕を口説き落とすための説得方法を考えていたらしいんだ。
「この体位ならば、きっと君の恍惚とした顔が良く見えるはずです。少しからだがきついかもしれませんが、
快感を損ねるほどではないと思いますし、きっと楽しめるとおもうのですよ」
「・・・・・・・・・・っ!!」
そんなとんでもないものを見ながら真剣な顔で悩まないでくれ!
こっちはまったく違う誤解していたじゃないか!
僕は言葉を失ったまま、圭の顔を見つめていた。
それで結局、僕が圭の望みを叶えたかどうかは・・・・・
絶対に言わないからなっ!!!