邂逅
かいこう
「もし、君が富士見町のマンションにやって来なかったら、僕たちは絶対会う事はなかっただろうね」
何の話の流れでだったろうか。
そんな話になった。
「そんなことはありませんよ。必ず出会っていたはずです」
僕が力を込めて言うと、悠季が笑った。
「君のように世界中を渡り歩くような人間と僕が出会う接点なんかないはずだぜ。
だって、僕が音楽に関わっていられるとしたらせいぜいが音楽教師としてだけで、中学で生徒たちに教えていたはずだから。
君と出会って後押しされたから、今はプロの音楽家になろうと思うようになったんであって、そうじゃなかったら、プロの音楽家になることなんて夢でしかなかったよ」
悠季はそんなふうにあっさりと言ってしまう。
「それに君の行動範囲は成城あたりからM響の練習場にかけてだろう?
あと出かけるとすれば、都内のコンサートホールがあるところだよね?だったらわざわざ富士見町に来る機会はないはずだよ。
あ、それ以前に海外で華々しく活躍しているはずから、更に出会えないと思うしね」
少し前の僕ならそう考えていたかもしれない。悠季と出会えたのは本当に稀な奇跡だったのだと。
しかし、今の僕はそう考えてはいない。
「少し前なら僕もそう考えたでしょう。しかし、以前アルバムを見た時のことがあってからはそうではないのだと言う事に気がついたのです」
「アルバムって…君の?」
「ええ。君も偶然の出会いに驚いていたでしょう?」
僕が実家から富士見町へと持ってきた重たく分厚い昔のアルバムの中には、僕と悠季とがそれと知らぬままに出会っていた証拠が残されていたのだ。
あれを見れば、これまでにも何度も彼と出会う機会があっただろうと思えて来る。むしろもっと早く出会うことも出来たのではないかとさえ思えて来る。
銀座に楽譜を買いに出かけていたという悠季、上野の奏楽堂にも演奏を聞きに来ていたという悠季・・・・・。
そんな話を聞けば、
ほら、無いと言っていたはずの接点をいくらでも思いつく。
生まれ育った環境や性格、価値観が違う人間同士がめぐり合う不思議。
音楽という大切なものを媒介として、僕たちは出会う事が出来た。
悠季と出会う事によってたがいに生じた良い化学変化は、どれほど互いを必要としていたのかを感じさせるものだ。
こんな素晴らしい人が僕のそばに存在した事。それこそがなによりの奇跡。
この人と出会うべくして出会った必然、おたがいをより高め完成させるべき相手とようやく会えた奇跡。
神であれ何であれ、唯一無二の恋人を与えてくれた何かに、心から感謝する。
「そうだねぇ。そんなラッキーを貰ったんだから、僕は一生の運を使い切ったのかもしれないね」
悠季もそんなふうに僕との出会いを大切に思ってくれている。
僕はと言えば、心からの愛情と敬意とをこの大事な恋人へと捧げることで、その存在への感謝とした。
「愛しています」
僕の心からの言葉へのお返しとして、彼から綺麗なはにかみ笑みを受け取った。
ああ、なんという幸福。