when a man loves a man
「高嶺、僕の悠季に手を出さないで頂きたい」
「ほう?」
俺はにやりと笑ってやった。
いっつも平然としたツラをしている桐ノ院のやつが、ついに俺様に向かって釘を刺しに来たんだぜ。音壷での事件までは俺に知られたくないってェ態度で、そのくせ陰でこそこそと恋人の様子を伺っていたんだから、笑わせてくれるってェもんだ。
ハニーは手料理はイケルし見ているだけでついむらむらとなって押し倒しちまいたくなる色っぽさだし、またチャンスがあれば食指を伸ばしたくなるってタマだ。
そう言えば、昨日までフジミってェ桐ノ院が指揮で
ユウキがコンマスをやってる素人オケの合宿があるとかで、メシを作ってくれなかったんだ。今日はそろそろ呼びに来るかと楽しみに思っていたら、やってきたのはハニーじゃなくて桐ノ院の野郎で、音壷へと引っ張り出したと思ったら、俺様に向かってこう宣言しやがったんだ。
「んで、俺があいつを口説くんじゃねぇかまた心配になったんで念を押しに来たわけか?確かに俺のテクにかかれば、いちころってもんだからな」
「テクではなくて押しの強さでしょう」
桐ノ院のやつは苦い顔をしやがった。
「しかしよ。この間の音壷の時の一件以来、俺ァあいつをくどいていねぇぜ」
あの時に桐ノ院の恋人って認めてやったから、一応口説くのはやめにしてるんだ。一応な。
「悠季に会うたびに触ろうとしたりからかったりしているでしょう?」
「そりゃ美人に会ったら口説くのが男の甲斐性ってェもんだ。美人の男にだってそりゃかかさねぇ」
「まるでイタリア人のようだ」
桐ノ院のやつは苦笑って感じでかすかに笑いやがった。
「何かい?カミさんの貞操が心配だって言うのか?そんなにあいつのことが心配なモンか。そんなんじゃ本当に愛されているかどうかなんて分かんねェぜ」
俺がからかってやると、やつはむきになって言ってきた。
「悠季が僕を愛しているのは分かっています」
「はん!それじゃあ、俺が挨拶代わりにすることをいちいちとがめだてするなって。ただのジョークじゃねぇか」
「だが、悠季にとってはひどく気に障る部類に入ります。もうすぐフジミの定期演奏会だ。ソリストの気を散らすことはやめてもらいたい。昨日の悠季のことも、元々は・・・・・、いえ、なんでもありません」
どうやら合宿中にハニーと何やらもめたらしい。
桐ノ院のやつは、ためらったあげく俺にこう切り出した。
「彼にとって、自分が同性愛者であることは心の中で解決していないことなのですよ。ですから、僕と愛し合っていることは認めても、男とのセックスは彼の倫理観に差し障るものがあるのかもしれない。まして、僕以外の男に口説かれることなど容認できないことでしょう」
えーとつまり、あいつって・・・・・?
「ええ、悠季はもともとストレートな性向の持ち主でしたよ」
「そりゃ、よくもまぁ落とせたもんだな」
俺は感心してしまった。ストレートの男をゲイの相手として口説き落とすっていうのは、並大抵のことじゃないはずだからだ。
「彼が僕の恋人になってもらえたのは、奇跡に近いことだと思っています。ノーマルな性向だった彼を見つけて誠意を尽くして恋人になってくれるように口説いて、ようやく僕を愛してくれるようになってもらえたばかりなのですから」
「へぇ?ハニーの方からお前に接近してきたんだと思ってたよ」
あの何人落とせるかってェゲームで七人の男の恋人を連れて来て、俺様の度肝を抜いてみせたやつなんだからな。
「僕のほうから誰かを追いかけたのはこれが初めてでしたよ」
桐ノ院のやつはそう言って肩をすくめてみせたが、無意識だろう小さなため息が、やつがモノにするのにどれくらい苦心惨澹したのかってことをよく分からせてくれた。なるほどね、ようやく狙ったエモノを落としたばっかりだったわけかい。
そりゃ新婚の熱々ってェ時に邪魔に入られちまったわけだから、気を使っているってことか。
「オーケーオーケー。もう新婚さんの邪魔はしねェよ。お前に蹴られるのはごめんだからな。おとなしくしてるぜ。俺様なりにな」
桐ノ院のやつはそれじゃ物足りなねェって顔をしたが、これだって俺様の精一杯の譲歩ってモンだ。一応家主の機嫌はとっておかなくちゃな、このマンションは居心地がいいんだからよ。
「ンで。お前の話はそれで終わりかい?」
「いえ。本題はこれからです。君には悠季の伴奏を依頼したい」
「はん?」
俺は思わず目をむいてぽかんと口を開けちまった。手を出すなと言った直後に今度は伴奏をしろだって?
「これは君に対しての正式な依頼です。報酬も用意してありますが、君は受けてくれますか?」
「俺様がそんな命令を聞くと思ってるのか」
「ですが、悠季の伴奏をすると言い出したのは君の方ですよ。演奏会で伴奏するくらいのツケはもう十分にたまっているでしょう?」
ふん、そう言いやがった。
ああ、そうさ。『食事1回につき1曲の伴奏』ってェのが俺がメシを作ってもらうため言い出した条件だった。だが、それはハニーと俺との条件であって、どうしてここで桐ノ院が言い出すんだ!?
「僕に少しプランがあります。君は燕尾服を持っていますか?」
「ああ?持ってるぜ」
俺は当然とばかりにうなずいて見せた。
実を言うと、燕尾服なんてかさばる品物はさっさと
pawnshop(質屋)に売ッ払ってしまいたかったんだ。それが出来なかったのは、質屋に俺の燕尾服の引き取りを拒絶されたせいだった。
なぜかってェと、服のようなかさばる品物についちゃ、質屋はなかなか売りさばけないような邪魔な品物の引き取りはしたくねェんだ。
『これがタキシードでしたら、これくらい大きな服でもわずかながら需要がありますが、燕尾服については用途が限られてしまいます』
だとよ!
チェッ、ついてねぇ。タキシードならパーティや結婚式にも着られるが、燕尾服は着るチャンスがないっていうわけかい。
そんな金にもならない品物をなぜ俺が捨てなかったかって言えば、そりゃやっぱり未練ってやつだろうよ。どこかでいつかまたクラシックがやりたかったんだ。ジャズはずっと好きだけど、クラシックだって好きなんだ。
昔、あるババァに悪口をほざいたら、アメリカのクラシックの中に入れてもらえなくなった。だが、どこかでまたもう一度やりてェってくすぶっててしかたねえんだ。
決めた!
「いいぜ、つき合ってやる」
俺はふんぞり返って桐ノ院の頼みを受け入れて、音壷に守村のやつを引っ張り出して曲を合わせることになった。
ユウキのやつは俺様がなぜ急に音壷に呼び出して、定演直前の忙しい時期に俺に付き合わなくちゃいけねぇのか分けがわからないって顔をしていた。
小曲のいくつかを弾かせて、それに伴奏をつけてやるっていう俺にとっちゃ楽な『アソビ』だったが、こいつは桐ノ院の頼みによる演奏会に向けての練習だったんだ。
んで、その演奏会ってやつだが。
結論から言うと、フジミっていうオケのコンサートでの伴奏は結構面白かったぜ。素人ばっかりのオーケストラだけど、ハートってやつが入ってた。俺が混じって一緒に楽しそうに演奏してやがった。俺様も楽しかったしな。
ついでに打ち上げになってみんなと酒を飲んで、同じ音楽仲間って感じで面白かった。このオケを桐ノ院とユウキが守っているのかもよく分かった。
・・・・・とは、言うものの。
俺は思いついたんだ。
桐ノ院のやつ、俺っていうわけ知りの人間がそばにいるもんで、邪魔に思っているらしいってな。
じゃなければ、昼間っから恋人とセックス三昧なんてことはやらねェだろう。きっと俺が来ることを予想していたからヤッてる最中を見せようとしてたに違いないんだ。
演奏会から何日か経ったある日曜日。
持っていた合鍵でメシを食いにやつらの部屋に入ったとたんに目にしたのは二人のセックス真っ最中の姿。ユウキは裏帆かけって姿で色っぽく腰をくねらせて桐ノ院のやつの膝の上で歌わされていた。
うっとりと目をつぶってやつに身を任せているユウキはめちゃくちゃ色っぽかったぜ。ほんのりと肌が色づいていて、せつなそうにため息混じりの声が・・・・・。
くう〜〜〜っ!!
思い出したりすりゃあ、俺様の息子が起きちまうじゃねェか。
桐ノ院がねらったのは、ユウキが俺に近づかないようにするためと(やつはめちゃくちゃ恥ずかしがりやなんだ)ユウキが自分のものだってことをしっかりアピールしたかったんだろう。
こんな恋人を持っていているってことを惚気るつもりもあったのかもしれないがな。
くそっ、なんてやつだ。
今に見てろよ。このお返しは後できっちりと取らせてもらうからな!!
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突然、ふっと頭に浮かんだ話です。
タイトルはもちろん、when a man loves a woman のパクリ。(笑)
『アクシデント・イン・ブルー』の中で、生島さんは圭から悠季をオトシたときのことを聞いているらしいので、それがいつのことかな?と思いまして。
いえ、どうでもいい疑問ですけどね。(;^_^A |
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2006.11/30up