ささやかな幸福
「こういうものを見つけてきたんだ。きっと君は食べたことがないと思って」
お茶の時間に、嬉々とした顔で悠季が僕の前に並べて見せたのは、ウエハースのように見える
小麦粉で作ったらしい薄い菓子。
ただ、もっと大きくて丸い。
「子供の頃、これのことをせんべいって呼んでたよ。駄菓子屋で売ってたんだ。姉さんたちの小さい頃には紙芝居屋のおじさんが売っていたこともあるそうだけど、もう僕が物心ついたころには紙芝居屋さんは来なくなっていたからね」
「これはこのまま食べるものですか?」
たいして味も香りもないように思えるが、これがうまいのだろうか?
「違うよ。これは台になるんだ。この上にいろいろなものを乗せて食べるのが楽しいのさ」
そう言ってとり出して見せたのがビニールの袋に入った真っ赤な液体や茶色の液体。
「本当はこういうものは家で食べるよりも駄菓子屋や祭りの夜店で食べる方が数倍美味しく感じるものなんだけどね」
悠季は慣れた手つきでせんべいの上に真っ赤なジャムらしいものを塗り、もう一枚を重ねてから僕に渡してくれた。
茶色のものも同様にしてくれたが、これは匂いで分かった。どうやらソースらしい。
「食べてみて」
母上が作ったキウィーのジャムも手をつけるのにかなり勇気がいったものだが、これもかなり・・・・・。
僕は悠季が期待に目を輝かせている姿を見て、覚悟を決めた。
せんべいを口にしてみると、意外に素朴な風味を持っていた。
甘酸っぱい。
もう片方のソースをつけた方も同様に、舌に美味しく感じられた。
「うまいですよ」
「そう?気に入ったのならよかった。
これはね、梅ジャムっていうんだ。もう一つはソースせんべいって呼んでた。
子供にとってはこづかいで買えるこういうものが楽しみだったんだよ。
今は着色料とかはいいものになっているけど、昔はもっとどぎつい色をしてたんだ」
悠季が懐かしそうに目を細めた。
「母さんはあまりいい顔をしなかったものだけど、こっそりばあちゃんが買ってくれたりしてた」
くすっと笑って肩をすくめて見せた。
彼にとって、こういう駄菓子は郷愁を誘うものでもあるらしい。
「今度、また夜祭に出かけませんか?もうあの風流な屋台が出ていることはないでしょうが、
夜店を冷やかしてみるのも楽しいでしょう」
「ああ、お稲荷さんのお礼?あれにはびっくりしたよねぇ」
以前、二人で出掛けた神社の夜祭では、思いがけない不思議な出来事があった。
困惑はしたが、あれはあれで楽しいものだった。
「そうだね。行こうか。今度は君にあんず飴を教えてあげるから」
「楽しみです」
そう言って微笑んで見せたが、圭にとっては子供の頃の楽しみを教えてくれる悠季のやさしい笑顔を見ることの方がより喜ばしいことであり、何よりの幸福かもしれなかった。