お家騒動の原因は兄弟げんか!?
古今東西、兄弟の仲が悪いという話はいくらでも聞く。
片方の出来がよくて、もう片方の出来が悪くて、それを親が「○○ちゃんは良くできたいい子だ。それに引きかえお前は」などと兄弟の仲の悪さを助長してしまうなんてこともまたよくある話だ。
それがごく普通の兄弟げんかの話であれば問題はない。
しかしそれが権力や金銭的な問題がからんでくるとなると話は大きくなってくる。
特に権力と金を持った出来の悪い男が出来のいい兄弟に嫉妬したとなると周囲を巻き込んだ大問題にまでなってしまうことになる。
長年SMEの帝国を支えてきた偉大な母親の支配力と調子相続という慣習から、今回の騒動の主人公ディビッドは、兄サミュエルに逆らってまで帝国を覆そうとはしていなかった。
たとえ音楽家を家畜や収穫物に例えて酷使し搾取しようとも。
兄が帝国を揺るがせるような無茶や浪費を繰り返して母の眉をひそめさせ<厳しい叱言をあびせかけられて、株主の間に動揺が広がっていても。
弟のすることなすことに邪魔をし、何回も会社を破滅に陥れようとしそうになっていても。
だが、デイビッドは、いつかはと密かに期するものがあったのかもしれない。
今回のSMEのお家騒動の底にあったのは。
事の発端は昨年に起きた写真週刊誌の記事がきっかけだったらしい。
記事ではサムソン・レコーズ社長ディビッド・セレンバーグのお気に入りである、人気指揮者桐ノ院圭(28歳)と夜のデートをしている姿が掲載されていた。
それに対する反応は激烈で、桐ノ院氏・ディビッド・セレンバーグ氏の双方ともに出版社に抗議しただけではなく、桐ノ院氏はSMEの実質的支配者、ミランダ・セレンバーグにも『こういうでっち上げの記事を出されては困る』と厳重に抗議をしていたそうだ。
その話を聞いて、弟追い落としの手段として使おうと画策したのが、今回失脚した兄のサミュエル・セレンバーグだという。
弟のディビッド・セレンバーグが気に入って直々にスカウトしてきた音楽家を失脚させ、音楽界から徹底的に追放することによって弟の信用に傷をつけ、更にはSMEから追放まで狙ったようだ。
ちょうど契約更新時期が来ていた桐ノ院氏は次の契約継続を断わってきた。理由はSMEの方針が気に入らなかったからだったらしいが、それをサミュエルは陰謀実行のチャンスととらえた。
ただの音楽家をつぶすのは簡単なこと。たとえどんなに才能豊かな者であろうと、帝国に逆らって出ていくのなら意味を持たない。
それが多くのファンを持つ希有の才能を持つタレントであっても。そしてお気に入りであったのならなおさら効果は大きくなる。
桐ノ院氏を失墜させるために使った手は少年に対する性行為という、あまりにもスキャンダラスなネタだった。
帝国から逃げ出そうとしていた彼を、見せしめとしてつぶしにかかったのは兄。そしてそれを黙認したのはその母親だった。
しかし彼はただの音楽家ではなかったらしい。
抗議する声だけではなく、牙も爪ももっていたようだ。
ディビッド・セレンバーグの反攻に協力し彼が帝国の覇権を握るために立ちあがる手助けをしたようだ。
その意味では一人の音楽家の去就という意味だけではなく、帝国の将来まで変えた裁判であったとも言えるだろう。
ことわざに言う『人を呪わば穴二つ』
確かに同氏を二度と音楽界に戻れなくするために使う手段としては最強ではあるが、その反面この策略が見破られた場合は、最凶の手となってしまうことに気がついていなかったようだ。
果たして母親であるミランダ・セレンバーグが息子の悪質なやり方を知った時にとった判断は、サミュエルを社長から廃してただの重役に格下げするというものだった・・・・・。
「おいおい、ちょっと待てや権田よ。こりゃお上品すぎねえか。
あんまり高尚すぎて新聞読んでる連中には何が何だか分かんねえだろうがよ。俺らは大手新聞社や経済紙じゃねえんだからよォ!もっとばんばん煽りたてて興味がいくように書かなきゃだめだろう。
信憑性の高そうに見えるもっとインパクトのある記事にしろ。まずがっちりと目を惹くあおりを考えろ。新米じゃねえんだから、そのあたりは分かるだろうが!」
俺が記事を書いている背後から編集長の塚田が覗き込んで文句をつけてきた。
「でも、あまり具体的に書いちまうとサムソンからクレームが来ちまうんじゃないですかね?アメリカっていうと名誉棄損とか裁判がうるさいっすよ。社長があっさり握りつぶしちゃったらまずいだろうし」
「大丈夫だって。上だって首になったお偉いさんの肩をいつまでも持ってるはずはないさ。さっさと新しい社長に尻尾を振りたがっているだろうよ。だからもっと読者の興味をひくようにばっちり書けよ。明日の目玉にするからな」
「・・・・・いいんすか?美人のアスリートの記事の扱いの方が優先だったんじゃ」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと書け。締め切りまであと2時間だぞ」
「うへぇ。頑張りますっ!」
いつもはスケベで口うるさい中年オヤジが、どうやら硬派の青臭さを思い出したらしい。
70年代の闘士の記憶がよみがえったとか言うんじゃないだろうな?
そう言えばこの間押しかけて来た守村と言う桐ノ院の相方の言葉にかなり反応していたっけ。
昔アメリカの野郎にジャップとかって言われた苦い経験でもあるのかね?
「おっと、気が変わらないうちにさっさと書けってか」
俺はこきこきと首を回すと、それまで書いていた記事を全て消して、もう一度最初から記事を書きだした。