ちらちらと瞼に散る光に耐えかねて、僕は目を覚ました。
でもまだ瞼は開けずに、うんと伸びをした。
それから、手は僕の背後にいるであろう愛しい人の眠っている場所へと伸びていく。
悠季を捜し求めて。
この無意識の動きは、悠季と夜を過ごせるようになって以来の癖となっている。
心から望んだ人が確かにそこに居ることを確かめるために。
たとえ、僕が眠っている場所が演奏旅行先の欧州のベッドの上であっても、無意識のうちに確かめたくなるのだ。
すっかり目覚めて、悠季がいない現実にさらされる前に、
もしかして、
と、触れられるかもしれないことを期待して、手を差し伸べてしまうのだ。
日本に戻って富士見町に落ち着くと、何よりもまず悠季が僕のそばにいることに安堵する。
そして、今朝は・・・・・。
残念なことに悠季のほっそりとしたからだはそこにはなく、手にはひんやりとしたシーツの肌触りしか与えられなかった。
僕は目を開けて悠季が眠っているはずの場所を見やった。
隣にあるお揃いの枕には、悠季の頭が乗っていたらしいくぼみが残り、掛け布団は彼らしくきちんと整えられていた。
僕は悠季が眠っていたはずの場所に手を差し入れてみた。
ぬくもりは感じられず、どうやら彼はずいぶん前に起き出していったらしい。
ぐるりと寝返りを打って、悠季の使っていた枕に自分の顔を押し付けると、そこには、悠季のかおりだけが残っていた。
同じシャンプーを使っているはずなのに、なぜか悠季の匂いは甘い。
そんな香りを聞いていると、むくりと身の内の獣が目を覚ます。
・・・・・まずい。
僕は急いで身を起こした。これ以上ベッドにいると、いささか不都合な事態になってしまいそうだ。
ガウンを羽織ると、階下へと降りていく。
音楽室から悠季のバイオリンの音は聞こえてこないから、練習をしているわけではないらしい。
美味しそうな匂いもしないから、朝食の用意をしているわけでもない。
しん、
と、静まり返った屋敷の中を、僕は親を求める迷い子のように、悠季を求めてさまよい歩いた。
おそらく彼はジョギングに出かけたのだろう。バイオリンを弾く体力と気力を整えるために。
分かっていても探してしまうのは、今も僕が『ベベ』であるからなのかもしれない。
悠季に知られたら、おそらくあのやさしい顔に困ったような笑みを浮かべてみせるだろうが、いつもいつも彼に面白がられては、気まずいものがある。
ここはさりげなくやり過ごすことにしよう。
僕は玄関に出て靴を調べたいのを我慢して、シャワーを浴びるために浴室へと歩き始めた。
カチャリ。
玄関の扉が開いて、朝のひやりとした風と共に、悠季が入ってきた。
「ああ、起きたの?おはよう」
嬉しそうな笑顔で、彼は僕のもとへ戻ってきてくれた。
僕はいそいそと彼のもとへと急ぐ。
「おはようございます。お帰りなさい。ジョギングですか?」
「うん。よく晴れていて気持ちがいい朝だったからね」
上機嫌の顔は運動したせいで上気して、薄く汗ばんでいた。
抱きしめてキスをして。
汗ばんで、ほんのりと桜色に上気している顔は、愛し合った後の色めかしい彼を容易に想像させるものがある。
からだ中で僕との行為の余韻をあじわっているかのような、官能的な。
またも、身の内の獣が身を起こす。
僕は挨拶のキスだけで終わらせず、そのまま熱いキスを続けた。
それに加えて、腰を悠季に押し付けると、僕の事情を伝えた。
「・・・・・圭、はなして。汗をかいているんだ」
「構いませんよ」
「だめだよ。シャワーを浴びて朝食にするんだから」
そんなふうに拒絶を口にしていても、目元が赤らみ、少しうるんだ目をそらしている。
「手伝います」
悠季は返事もせずに、足早に浴室へと歩き出してしまった。
しかし怒りもせず、僕の申し出を断らなかったという事は、つまり、そういうことだ。
だから僕も彼の後を追う。
その後の事について、語る必要はないだろう。