朝 顔











「ひとつ、ふたつ・・・・・あ、ここにも咲いてる!」

僕は楽しく数え上げた。

「今が盛りなんだろうなぁ。蕾がいっぱいだし」

僕が数えているのは、鉢植えの朝顔の、今朝開いた花の数。

この間、富士見銀座でちょっとした福引セールがあって、買い物帰りに溜まっていた抽選券を出して箱を回したら、あんどん造りの朝顔の鉢が当たってしまった。

ティッシュでも貰えればいい、一つ上の100円の商品券が当たればもっといいな。

それくらいにしか思っていなかったからこの当選にはびっくりした。

盛大にハンドベルが鳴らされて、特別賞だと言われて拍手までされてしまった。

『蕾がふくらんでいるから、あすの朝から楽しめますよ』と、抽選所の人が言っているのを背に持ち帰ってきたんだ。

玄関ポーチの一角を定位置にすることにしたけど、そこにあるだけで夏の雰囲気になる。

朝顔を育てるなんて、小学校以来じゃないだろうか?

もちろん、亡くなった母さんは毎年家の庭先に支柱を立てて咲かせていたけど、僕はせいぜい頼まれて水をやっていたくらいで、花を見て楽しむなんて余裕はなかった。

その母さんが亡くなった後、忙しくなった姉さんは庭までは手が回らなくなったようで、球根などの毎年咲く花は育てても、朝顔の種はまいていないようだった。

ああ、こんなことまで思い出すなんて、朝顔って花はどこか郷愁を誘うものがあるらしい。





「・・・・・ここのつか。今日もよく咲いたなあ」

僕は玄関先の朝顔に水をやり、今朝咲いた花を数え上げてから、咲き終わった花やしぼみかけている花をてのひらに乗せてみるとこんもりとした山になった。

毎朝咲いている花を数えることが出来るなら、もうもうとっくに飽きていただろうけど、僕はほとんど毎朝数えることが出来ていなかったから、未だにこんなことが楽しい。

大学へ行かなくちゃいけない日はもちろん忙しくて、のんびり朝顔の数なんか数えていられない。

でも、その他の日にも・・・・・数えられないわけがあるんだ。




僕がバイオリンの練習をして、いざ寝ようとするのは12時くらいになる。

でも、そこに圭の誘いがあれば寝るのは更に遅くなる。

寝坊しないようにと思っていても、ついつい疲れてしまって、起きるはずの時間よりも遅くなることなんてよくあることなんだ。

そうなると朝顔どころじゃなくなって、シャワーと朝食を済ませて急いでバイオリンに向かう事になる。

時々は腰を叩きながら。

圭って、本当にタフだよなぁ。その体力を少し分けてほしいよ・・・・・。














「悠季?どこですか」

「ここだよ、圭」

家の中を探し回っていたらしい圭が、僕の声を聞きつけて玄関へと現れた。

「ああ、ここにおられたのですか。おはようございます」

「お早う、ゆっくり眠れた?」

僕が今朝、朝顔の数をのんびり数えられていられるのは、圭が寝坊したというわけがある。

昨夜、深夜に帰宅した圭は、連日のツアーのせいで疲れきっていて、僕が起き出してもまだぐっすり眠っていたんだ。

「ええ、すっかり疲れが取れました。おや、インクにでも触りましたか?」

「え?ああ、これは朝顔だよ」

咲き終わった花がらを摘み取って手に持っていたから、指に滲んでいた。

指で花びらをつぶすと指先が青く染まるから。

「子供のころに朝顔の花を集めてつぶして、水に溶いて絵の具代わりにして遊んだっけ。君も小学校で朝顔の観察はやっただろう?」

「ええ、確かに観察日記を書いた記憶はありますが、そんなふうに遊んだことはありませんね」

圭が応えてくれたけど、どこかさびしそうな気配がある。

おそらく礼儀に厳しそうな桐院屋敷では、汚れそうな子供の遊びはさせてもらえなかったんじゃないだろうか。

僕はちょっとだけ悪戯することにした。

「手を出してみて」

何事だろうと思っているらしい顔で、圭は手を出した。

僕は手に持っていた花がらを彼の手の甲に押しつぶした。

圭のてのひらにくっきりと青い線が描かれた。

「こんなふうに子供のころにいたずらしたんだよ。まるで刺青みたいだろう?どうせ水で洗えば消えるから、なすりっこしたりしてね」

「楽しそうですね」

圭が笑む。

ちょっとだけ子供時代の気分を感じてもらえたかな。

「ところで悠季、おはようのキスがまだですが」

圭はそう言うと、花がらを持ったままの僕をぐいっと抱き寄せて、玄関扉を閉めた。

「今朝は久しぶりに君と愛し合えると思っていたのに、起きてみると君は隣りにおられませんでした」

すねたように言うから笑ってしまった。

「疲れている君を起こすなんて出来なかったのさ」

「僕にとっては睡眠不足よりも君不足の方がこたえます」

そう言って、むさぼるようにくちづけた。

僕も応えたけど、今朝のキスは挨拶なんてものじゃなくて、朝っぱらからひどく濃厚なものだった。

くちびるをついばみ、口腔の粘膜を探られ、舌を絡めあっていくうちに、下半身がじんわりとうずいてくる。

「・・・・・悠季、少しだけ時間を下さいませんか?」

つまり圭も僕もこのまま後戻りは出来ないってこと。

僕たちは抱き合ったまま音楽室へと飛び込んだ。

「・・・・・カーテンを」

「ええ」

圭は急いでカーテンを引いた。

クーラーを効かせてあるこの部屋は、あっという間に夏の気配を打ち消してしまう。

ソファーに倒れ込むと、圭は僕のズボンを脱がせてあっという間に昂ぶらせてきた。

そこやここに痛熱いキスを降らせ、僕の乳首を舐めしゃぶってくれて、思わずすすり泣いた。

いつも置いてある宝石箱からあわただしくジェルとコンドームを取り出した圭は、性急に、でも僕を傷つけないようにほぐしてくれて、ぐっと熱い昂ぶりを押しつけてきた。

「あ、ああ・・・・・、ああっ!」

めまいがしそうなほど熱くみっしりとした重量が僕の中を侵していく。

「も、もう・・・・・!駄目っ!」

「ええ、いきます!」

でも、これだけで終われるはずがない。

そのままソファーから転げ落ちるようにして床に場所を移して、僕は背後から圭を受け入れた。

圭の強い手が僕の腰をささえて床に崩れそうなからだを支えてくれる。そして、更に奥へと腰を打ちつけ角度が変わった切っ先に更なる快感を与えられて、啼かされた。

僕たちは、宙に放り出されるような解放感と終わってしまう哀しさを味わいながら、ぐったりと床に抱き合っていた。

「よかったですよ」

「・・・・・僕も」

柔らかなキスがそっと唇に落とされた。

でも荒い息が納まってくると、今度はお腹の方が主張を開始しそうだ。

「朝食・・・・・じゃなくて、ブランチになっちゃうね」

「久しぶりに君ととれる食事ですから、何でも美味しいですよ」

「あはは。それじゃあ、まずシャワーを浴びて・・・・・。うわっ」

思わず声が出た。

「素敵なタトゥーですね。前衛的だ」

圭がくすくすと笑っている。

僕は朝顔の花がらを手に持ったまま音楽室に入っていたんだ。

無意識のうちにそれを床にばらまいていたんだろう。ソファーでことに及んでいる間にすっかり忘れてしまっていた。

あとで拾えば問題なかったのだから。

でも僕たちが床の上に場所を変えて、床を転げまわっていたせいで、からだのあちこちに青い汁がついてしまった。ひざやひじ、腹の辺りにも。

おそらく背中はもっとついているだろう。

見ると圭のからだのあちこちにもついている。膝や手のひら、腰のあたりにも。

これを見れば僕たちがどんな体位で抱き合っていたか、分かってしまいそうだ。

「写真に撮っておきたいようななまめかしさですね」

「冗談じゃないよ!そんなこと、ぜったいに嫌だからな!」

「それは残念」

本気で言っているように聞こえて怖いぞ。

「では、風呂場に行きましょう。背中を流してあげますよ」

「ああ、うん。頼むよ」

僕たちは裸のままで手をつないで風呂場へと行ったけど、圭は朝顔の青い染みがいたく気に入ったのか、僕のからだを洗ってくれて・・・・・だけでは済まなくなった。

ああ、圭。君に体力があるのは分かっているから、僕が飢え死にする前に、ブランチを摂らせてよね。







お願いだから。











某様の日記を読んでいて急に思いついた話です。
日記はごくごく健全な話題だったのに、出来た話は
なんだか変態っぽく・・・・・。(苦笑)







2010.7/9 up