青頭巾







「最近のご活躍はめざましいものがありますね。
一時期活動をセーブされていたようですが、また海外での公演が増えてらっしゃるようですし、作曲活動も盛んに行われているようで。つい最近は映画音楽にも進出されていらっしゃいますし」

「ええ、そろそろ元の生活に戻さないといけないと思いましてね」

 伊沢邸で行われた音楽誌のインタビューに答えて、桐ノ院圭はにっこりと笑った。




 音楽室に備えられているソファーセットは圭と悠季がここに住むようになってから何代目のものか。

 柔らかな子牛の皮張りのベージュがこの部屋の雰囲気に合っている。その上には手の込んだ刺繍に飾られたクッションが置かれていた。

 圭はゆったりとした3人掛けのソファーに足を組んで座りなおし、落ち着いた様子で答えていた。

「以前からコンチェルトを作曲しないかという勧めがあって、近いうちに書いてみようかと思っています。
悠季の・・・・・いえ、守村さんの具合もよくなってきていますし、初演はぜひ彼にソロをお願いしようと思っています」

 そういいながら、圭はやさしいまなざしで自分の隣の席へと目をやった。

「そ、そうですか。いい曲が出来るといいですね。そろそろ時間になりましたので、このへんで切り上げさせていただきます。お時間を頂きまして、ありがとうございました」

「いえ。よい記事を期待していますよ」

 インタビュアーと同行したカメラマンは玄関まで見送りにきた圭に恐縮しながら伊沢邸を後にした。






「ねえ、先輩。桐ノ院さん、やっぱりどこか変ですよね」

「まあなぁ。やっぱり元に戻ってないみたいだな」

 桐ノ院圭がいかにも守村悠季が座っているかのように見ていたソファーの隣の席には、誰も座っていなかったのだ。




 そして、二人が思い出したのは半年ほど前に新聞の事件欄に掲載された、とある記事。






         バイオリニスト謎の失踪?



 東京在住のバイオリニスト守村悠季氏(×才)が自宅から失踪したと、同居している桐ノ院圭氏から届出があった。

 同氏は一月ほど前から体調を崩し自宅療養をしていたが、○日の朝 桐ノ院氏が起きてみるとベッドに寝ておらず、出かけた様子が見て取れたと言う。

 財布などわずかな品だけが一緒に消えていたために、当初は散歩に出ているのかと思われたが昼過ぎになっても戻らず、桐ノ院氏から警察に失踪届けを提出したのだという。

 守村氏は実は重い病気だったという関係者からの証言もあり、警察は家出と事件との両面から捜査を開始している。

 今のところ誘拐などの事件性はないようで、捜査当局は、当人が病気を苦に失踪したのではないかという見方を有力視している・・・・・・・・・・。






「あのとき、桐ノ院さんは『絶対に自分から自殺しに行くような人じゃない!』って
周りの人間に言い張っていたらしいけどな。

それにずいぶんと強行に警察に捜査を広げるように言っていたらしいが、誘拐なら電話や手紙が来るだろうがそれもないみたいだし、朝出て行ったっていう日からぷっつりと音信が途絶えているなんて普通じゃないからな。

家出したとしても財布くらいしか持って行かなかったっていうのも変だろう?
今はもう捜査は打ち切られたらしいな」

「やっぱり守村さんは、病気を苦にして・・・・・?」

「桐ノ院さんの嘆きようを見ていたらそう思えるよなぁ」

「あの二人、その・・・・・ゲイカップルだったんですよね?」

「そうさ。知らなかったのか?
業界じゃ有名なラブラブカップルだったんだぜ。
だから、もし守村さんが病気で死んだりしたら、桐ノ院さんがあと追いするんじゃないかって心配したんだろうってもっぱらのうわさだぜ。
だから、姿を消したんじゃないかってな」

「でも、それで桐ノ院さんが精神的にやられちゃしょうがないでしょうに」

「まあなあ。普段はごく普通なんだ。
仕事もきっちりこなしているし作曲の方だっていい曲を書いてるんだぜ。
話をしていても、守村さんのこと以外ならまともに答えてくれているんだが、守村さんの話が出てくると、とたんにおかしくなる。
失踪したっていうことさえ忘れたみたいなんだ。
そして、元のようにあの屋敷の中に一緒に住んでいる・・・・・つもりになってるんだ」

 インタビュアーの男はため息をついた。

「そこまで見込まれたって恋人は、幸せなのか不幸なのか分からんなぁ」






 インタビュアーたちを送り出した圭は、きっちりと玄関の扉に鍵を閉めた。

 彼にはインタビューをしていた男が、圭が精神的におかしくなっているのではないかと不安に怯えているらしいことはよく分かっていた。

「彼には悠季がここにいるとは分からないのですから、仕方ありませんね」

 おかしそうに口元をほころばせながら、ソファーの上に置かれているクッションを愛しげに撫でた。





 あの日。

 朝、圭が目覚めてみると、隣に寝ていた悠季は永遠の眠りについていた。
夜の間に苦しむことなく、息を引き取っていたらしい。

 圭はその死に驚き嘆く前に、悠季の静かな穏やかさと美しさに見とれていた。

 そして、絶対に彼の姿を誰にも見せたくないという、激しい思いに駆られた。

 肉親である悠季の姉たちにも、フジミの諸君の誰にも・・・・・。

 そのためにならどんな罪もこの身に受けようと思い決めた。

 葬式で多くの人間の好奇と同情の目にさらされることなどまっぴらだった。

 悠季のからだが火葬に付されて灰になり、二度と彼に触れることは出来なくなってしまうなど絶対に受け入れることは出来なかった!




「だから、君はここにいるのですよね。君は僕の血となり肉となって僕の中にいる。
赤い革の表紙の日記に書いたとおりに。
もう二度と君が僕のそばから離れる不安にさいなまれることはない。
愛していますよ、悠季」

 圭はちらりとライティングデスクのキャビネット方を見た。その中には海外と契約した書類が入っている。

 愛する人間が死んだ時、その遺体を保存し復元してくれるという会社との。

 やがて悠季の顔と手は復元されて圭の手元に戻ってくることになっている。そうすれば全ては完全に圭のものになる。

「ねえ、悠季、いつまでも一緒にいましょう。君は僕のものだ・・・・・!」

 圭は悠季の髪が納められているクッションを抱きしめた。







 

――― 全ての秘密は伊沢邸の中に。 ―――

















赤頭巾じゃありません。(笑)

上田秋成著「雨月物語」を読んだことがある方ならすぐ分かるタイトルですね。

今年の暑さのせいで頭が煮えたのか、突然浮かんだ話。
桐ノ院氏の呪いが怖い・・・・・。(笑)

壁紙は満月の下に柘榴の実。鬼子母神様の象徴ですね。
お釈迦様によって改心するまで人を喰らっていたという怖い女神様。(;^_^A  
柘榴は人の代わりに飢えを癒すためにと渡されたのだそうです。 
つまり、人の肉の味がする!?






2007.8/14up