空港に圭を迎えに行った僕は、ゲートから出てきた姿を見つけて笑いかけた。
今回のツアーは思いがけず長いものになったなァとしみじみ思う。
毎晩のように電話をかけあって声を聞いていたけど、やはり彼がそばにいないのは寂しい。
彼がゲートを出て来るときに険しい顔をしていたのは、同じ思いを感じていたからだろうか。
「桐ノ院さん、ちょっと一言お願いします」
ふいに横の方から声がかかってきた。
あれっと思って見ると、どうやら記者らしい人間が彼に向って走り寄っていく。その後をカメラマンも付いてきていた。
「失礼」
不意に僕の腕を引いてくる者がいた。むっとしながら、誰なんだと振り向いてみると、宅島君だった。
どうやら圭よりも先にゲートを出ていたらしい。
「すみません、オヤカタ。ちょっと記者につかまるとまずいので、先に車に来てもらえますか」
「う、うん」
僕は記者の目にとまる前にその場を離れて、圭の車が置いてある駐車場へと向かった。
「イタリアで活躍している日本人歌手とオペラで共演した時、ボスのことを日本の雑誌にベタ褒めしてくれたもんで、どうやらゴシップ記者が目をつけたらしいんですよ」
「そ、そうなんだ」
「ボスとしては下手にコメントするとかえってうるさいことになるだろうということで、今回ノーコメントで通すことになってます」
「でも、何も言わないとかえって真実だと言われないかい?」
「いやいや、オヤカタ。連中はひとこと言ってみせたら最後、あっという間に針小棒大、話を大げさにするに決まってます。
近々彼女が日本でリサイタルを開くことになってるし、大河ドラマの音楽でまたボスと共演することになっているしで、向こうとしては格好のネタだと思ってるんでしょうよ」
「それって、宣伝に使われるかもしれないっていうこと?」
「かも、じゃなくて、宣伝ですね。まあねぇ。MHKもそんな品のないことはするつもりはないでしょうが、向こうが勝手に騒いでくれるならありがたいと放っておかれるかもしれませんね」
「でも・・・・・」
なんだか嫌な話だ。
「ボスがあの連中に向かって堂々と『僕はゲイですから関係ありません』と言ってしまえばあっという間にこの話題は消えるでしょうが、
代わりに違うネタを提供してしまうことになりますから。でしょ?」
・・・・・確かに、それは困る。
「後でインタビューがありますから、彼女とはあくまでも音楽がらみの付き合いだと釈明する機会もありますし、収録さえ終わればそれで終わりになりますよ。気にすることはないです」
「うーん、・・・・・そうかな」
「そうですって。それより申し訳ありませんが、この車で先に出ることになります。ボスは後からタクシーでやってきます。詳しい話は会ってから聞くといいですよ」
それで宅島くんが圭の重いスーツケースを持っていたんだ。
僕たちは急いで駐車場を離れて都内のホテルへと向かった。
宅島くんが、このまま伊沢邸に戻ると記者まで引き連れていくことになるかもしれないので、やっかいだから、いったんこちらへ宿泊することにしたのだと言ったんだ。
記者も部屋にまでは押しかけないから。
前もって予約してあった部屋はスウィートルームで飲み物や果物なんかが用意してあったから、こんなときでなければ圭の用意の良さを喜んだかもしれない。
でも、こんなふうに逃げ隠れするような場合には、ひたすら苦い思いしかしない。
「こんな思いをこれから何回もやらなくちゃいけないのかな」
そんなことを考えてはいけないのかもしれないけど。
思い切って僕たちの仲を公表してしまえばどんなに楽かと思う。
でも、世間一般の常識では、僕たちのような男同士の関係は、あくまでもマイノリティということになる。
これでもずいぶんと開き直ったから、圭との関係についておどおどしなくなったつもりだけど、やはり大勢の見知らぬ人間を相手にするのは怖い。
僕たちだけの問題ではない。姉たちやフジミの人たちにも迷惑がかかったらどうしようと思ってしまうんだ。
「悠季」
顔を上げると、硬い表情をした圭が入ってきた。
「お帰り。大変だったね」
いつものように挨拶のキスをすると、ほっとしたように表情をゆるんだ。
「今夜は申し訳ないことをしました。どうやらあまりたちの良くない雑誌がゴシップまがいの記事を載せようとやっきになっていたようです」
「そうらしいね」
「たいていの新聞社や出版社の記者なら僕らの仲を知っています。それを知らないでやってくるなどモグリもいいところです」
圭は憤慨した様子で言ってのけた。
「ええっ!?」
「暗黙の了解ということで、僕たち二人が結婚していて一緒に暮らしていることは承知しているが、知らないふりをしているという事ですよ。
僕たちが余計なことを言い出さない限り、記事にはなりません」
圭は、芸能関係にもゲイの人たちはいるけれど、マイノリティーをネタにして記事を書くことは今やタブーに近いことを教えてくれた。
ジョークならともかく、まともな話題として出してくることはほとんどないそうだ。
その関係で、僕たちのことも知っている者が多いという。
意外な話にびっくりした。
「空港にやってきた記者たちは、おそらく今頃編集長に叱られているでしょう。向こうにも申し渡しましたから、心配ないです」
以前のSポンの事件で懲りたということなのだろう。圭が持っている広い交友関係の中に、そういう関係者が出来ていると聞いたことがある。
圭は指揮者として人気があるから、仕事を受けて欲しい音楽関係者たちやスポンサーがこぞって圭を守ってくれるのだろう。
「今回、彼女も日本で凱旋リサイタルを開くということで、いろいろとインタビューに答えたらしいですが、僕たちに迷惑をかけたと謝罪してきましたよ」
「・・・・・僕たちのことを知ってるの?」
「もちろん、僕が君のことを話しましたから」
にこやかに圭が言ってのけた。
「向こうでは芸術家にゲイが多いですからね。彼女もリベラルな態度をとってくれています。僕の話に『ごちそうさま』と言われてしまいましたがね」
それって、相当のろけたってことか?
もしかして、共演する人に対して片っぱしから話しているんじゃない・・・・・よね?
僕はいともにこやかにほほ笑んでいる圭をうらめしげに睨みつけていた。