甘やかな媚薬






ジリリリリリン!

 玄関のベルが鳴っていた。

「あれ?もしかして圭かな?」

 その日は土曜日だったので、僕はフジミから帰ってきてシャワーを浴びていた。圭は仕事で、今夜は帰ってこないはずなんだけど。

 もう一度ベルが鳴った。

 僕はあわてて階段を降りていって玄関を開けた。

「こんばんは」

 そこに立っていたのは宅島くんと・・・・・その肩によりかかってふらふらしている圭の姿だった。

「うわっ!どうぞ中に入って!」

 僕はあわてて宅島君に手を貸して、重くて厄介な荷物と化している圭を中へと運び込み、音楽室のソファーの上に寝かせた。

「どうしたんですか?今日は帰ってこないはずだったでしょう?」

「その予定だったんですがね。やっこさん、今夜はどうしても帰るって言い張りやがったんで」

 宅島君は苦笑していた。どうやら例によって圭の我がままらしかった。

 ああそうか。僕が結婚記念日を祝えないって言って残念がっていた事を覚えてくれていたんだね。君がこうしてずうっと僕のことを考えてくれるのがとても嬉しい。

 でも、こんな遅くになってから無理に帰ってこなくても。からだがまいってしまうじゃないか。ゆっくりと帰ってきてから仕切り直しでも僕は構わなかったんだぞ。

「じゃあ彼をお渡ししたんで、俺はこのまま帰ります」

 そう言って宅島君は玄関へ戻っていったところで、何かに気がついたらしく、車まで行ってから戻って来た。

「差し入れがありましてね。持ち帰ったんですよ。急いで冷凍庫に入れてください」

 彼が僕に差し出したのは、発泡スチロールの小さな箱。

 アイスクリーム・・・・・かな?

「じゃ、失礼します」

「お疲れ様でした」

 僕は彼を送り出すと、箱を開けてみた。ドライアイスの煙を纏った小さな丸い容器が何個か入っていた。どうやら有名な専門店のアイスクリームらしく、蓋には洒落たロゴが踊っていた。

「ふうん?本物のバニラビーンズを使用し、洋酒をたっぷりと使用した大人の味・・・・・?」

 同封してあったパンフレットをちらりと見て、食べるのが楽しみだと思いながら冷凍庫の中にしまいこんだ。

「圭?」

 もう一度声を掛けたけど、返事はない。僕一人で彼を二階まで連れて行くのは不可能だから、今夜はここに寝てもらうしかない。

「・・・・・悠季?」

 戸締りをして二階へと上がろうと階段を上がりかけたところで声を掛けられた。

「あ、起きたの?」

 僕は音楽室に戻ると、圭の首に身を投げてお帰りのキスをした。挨拶だけのキスのつもりが、だんだん濃厚になって、たっぷりと堪能してからため息と共に腕を解いた。

「・・・・・お帰り」

「ただいま帰りました」

「食事はしてきた?」

「済ませてきました」

「ん。じゃあ、起きたところでちゃんと二階で寝たほうがいいよ」

「そうですね。・・・・・シャワーを浴びてからにします」

「僕は別に汗臭くても構わないんだけど」

 ケイは困った顔をして、

「今夜は少し格好を付けたいのですよ。たとえお祝いはなしでも、今日は結婚記念日ですので」

 と言った。

「あと1時間ほどだけどね」
 
 僕は笑って見せた。

 そう、今日は8月12日。僕たちの結婚記念日だ。でも、前々から圭の誕生日の8月8日の前から明後日の14日までどうしても断れない用事が出来てしまって、お祝いできないのが分かっていた。だから彼のスケジュールが空いたら、まとめてお祝いするつもりになっていたんだ。

「・・・・・残念です」

 いかにも無念そうに言うもんで、僕は思わず笑ってしまった。

「ですが、君とのつながりを再確認する大切な日なのですよ?」

 今度は僕を見て恨めしそうに言うんで、また苦笑してしまった。

「お祝いをするつもりなら、シャンパンがあるよ」

「それは、いいですね!」

「じゃあ用意しておくから」

 そう言うと、僕は圭をシャワー室へと追い立てた。圭は先ほどまでの眠気がさめたらしくて、しっかりした足取りで階段を上がりシャワー室へと向かった。

 僕はその間に冷蔵庫に冷やしてあったシャンパンのボトルを音楽室に準備した。これは圭が買ってきたものじゃない。ただのもらいものだからさほどいいシャンパンじゃないとは思うけど。

 僕は酒の種類はよく知らない。ラベルを見てもフランス産のものらしいとしか分からない。

「ああ、そうだ。アイスクリームを持ち帰ってきたんだっけ」

 僕は冷凍庫からバニラのアイスクリームを選び、スプーンを添えて音楽室へと運んでいった。ケーキは無いけど、ケーキがわりってことでね。

 二階から降りてきた圭は、パジャマではなくてきちんとした格好に着替えていた。僕ときたら少しよれっとなったパジャマのままなのに。

「なんだか妙な取り合わせだったね。アイスクリームとシャンパンなんて」

「そうでもありませんよ。カクテルの種類にありますから」

「へえ?そうなんだ」

「ソワイオー・シャンパンと言うのだそうです。カクテルというより大人のデザートといった方が近いらしいですよ。あー、確か、タンブラーにブランデーなどを加え、シャンパンを注いでアイスクリームを乗せた上で果物で飾り付けるはずですが」

「・・・・・それってクリームソーダみたいだね」

 僕が言うと圭がおかしそうに笑った。

「ええ確かに。ただし、このクリームソーダはアルコールが結構効いていますから、大人専用ですがね」

 圭はこういうときには不思議と器用な手つきになるところを僕に見せながら、シャンパンの封を解いていた。きっと留学中に、シャンパンの封を解くなんてザラにあったんだろうなぁと思ったけど、それ以上考えると不毛なんでやめた。いったい誰と飲んでいたのだろう?なんて考えてしまうから。

僕は大人用のクリームソーダを作るために、急いで台所から大降りのタンブラーを持ってきた。

「出来れば一番派手なやり方で封を切ってみたかったのですがね」

 壜の栓を緩めながら不思議なことを言う。

「派手なやり方って?」

「この壜の口をサーベルで切り落とすのですよ。フランスなどで祝い事によくやるパフォーマンスです」

「なんだか危なそうだなぁ」

「そうでもありませんよ。専用のサーベルもありますからね。とはいえ、僕たちは音楽家ですから、物騒な刃物で怪我の危険を作る事もないでしょうね。ごく普通のやり方で祝いましょう。
結婚記念日おめでとう!」

 そう言うと、ポン!と派手な音で栓が抜かれた。

 タンブラーに静かにシャンパンを注ぎいれ、アイスクリームを落としこむ。金色のシャンパンの中にゆっくりとアイスクリームが溶けていく。

「どうぞ」

「あ、うん。いただくよ」

 僕たちはタンブラーを手に取ると、かちんとタンブラーを合わせた。

「おめでとう。これからもどうぞよろしく」

「おめでとう。僕こそどうぞよろしくね」

 唱和してからグラスに口をつけた。ほんのりとブランデーの香りがするアイスクリームの甘さにぴりっとした炭酸の刺激。そしてシャンパンの酸味とコク。

「いかがですか?」

「うん。美味しいよ」

 家に帰ってきたとき眠っていても残っていた緊張が、圭の顔から今はすっかり溶けている。こうやって安心しきった顔を見せてくれるのは僕の前だけなのだろうかと思うと嬉しく思えてしまう。

 圭の顔がすっと近寄ってきて、僕の唇をねだって来た。僕は素直に彼の唇を受け入れて互いに相手の唇を挟んだり甘噛みしたり。そして彼の舌を口腔に受け入れた。圭の舌は僕の口の中を蹂躙し、僕の舌と絡めたり敏感な粘膜をくすぐったりして僕を感じさせてくれた。

 ぴちゃり。

 なんだか生々しい音がして圭の唇が離れていくと、僕は名残惜しくてたまらなかった。もっとキスしたい。そして、もっと彼を味わいたい!

「アイスクリームの味がしますね」

 圭がささやいた。

「そ、そりゃお互い様だろ」

「ですが、普通に味わうアイスクリームよりも甘くて濃厚な気がするのはなぜなんでしょうね?」

 ぽっ、と耳が赤くなってしまう。

「き、きっとアイスクリームが美味しいからさ。僕のせいじゃないよ」

「そうなんですか?ではもっと・・・・・欲しいです」

 そう言うと圭は僕をソファーに押し倒してうなじを舐め始めた。気がつくと僕のパジャマのボタンが外されている。なんて手早いんだ!

「ひゃっ!!な、何!?」

 僕は声を上げて飛び上がってしまった。裸にされた胸の上に冷たいものが落ちてきたからだ。

「け、圭っ!いたずらが過ぎるよ」

 僕の鎖骨の上に落ちてきたのは、アイスクリームの小さな欠片だった。アイスクリームはすぐにじんわりと溶けて首筋へと流れ落ちた。

「ああ、これは失礼」

 そう言って滴っていった白い筋を舐め取っていった。

 わざとやったな!

「あ・・・・・んっ・・・・・!」

 ざらりとした舌の感触がいつもよりも感じられる。ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めとって、肌を刺激しているからだ。

 ぽとり。

 またアイスクリームが落とされた。今度は僕の貧弱な胸に落ち、乳首にまとわりついて肋骨を伝ってわき腹へと流れていく。それを溶けるか溶けないかのうちに圭の舌が舐め取ってくれた。

 次は僕のわきの下へ。次は僕のへそのくぼみに。それから僕の茂みのそばに・・・・・。何度も何度もされていくうちに僕のからだは熱くなっていく。気がつけばパジャマは脱がされてソファーの下に散乱してた。

 僕のからだはもうアイスクリームに塗れ、バニラの匂いにむせるようになっていて、自分がバニラアイスクリームになってとろけていく気分さえしていた。

「圭・・・・・圭・・・・・」

 懇願する声が少し舌足らずになっているのが恥ずかしい。僕のペニスはすっかり痛熱く立ち上がって彼の手に触れられるのを願っている。その奥はずくんずくんと疼いて彼が入ってくるのを待ち望んでいる!

「うつ伏せになって、腰を上げて」

 圭の言葉に素直に言われたとおりにした。いつもなら恥ずかしくてためらってしまうのに、今夜は自分から高く腰を上げていた。

「ああ、綺麗ですね。君のここは」

 なんて嬉しそうに言っている!

 でも、そんな言葉に反発する気力だって押し寄せてくる快感に飲み込まれてしまっていた。

「は、早く!」

 懇願する声がのどに絡む。

 圭の指がゆるうりとそこを撫でている。じれったい!!どうして彼は僕の望むようにしてくれないんだろう!?

「ね、ねえ・・・・・、もう・・・・・!」

 すると尻を広げるようにして掴まれると、ひやりと冷たいものがそこに触れた!

「け、圭っ!!」

「少し冷たいですが、がまんして」

 冷たい欠片は僕の中ですぐに溶けて、ぬるりと溶けた感触がぞくりと背筋をふるわせた。

 ふっと吐息が尻にかかると、熱くてざらりとした感触がアナルに触れた。

「け、圭っ!」

 圭の舌が僕のそこを舐めている。解すようにしながら中を味わっているように!

 でも、恥ずかしくて僕が止めてくれと何度も懇願しても、彼は聞き入れてくれなかった。散々に舐め解いてもう僕の力で崩れそうになる腰を支えられなくなるまで何度も何度もアイスクリームの欠片を入れては舐めまわしていたんだ。

「いきますよ」

 そう言って圭の熱い昂ぶりが僕に押し当てられた頃には、僕はもう何も言えず考えられず、あえぐことしか出来なくなっていた。

 ぐっといつもよりも大きく感じられる圭のソレが僕の中に押し入ってくる!

 ゆっくりと押しては焦らすように引き、またぐっと奥へと侵入してくるのがたまらない!!

「ね、ねえ!もう・・・・・!イかせて・・・・・!」

 僕はもうイくことしか考えられなくて自分から腰を振ってねだっていた。でも、彼の手が僕のペニスを押さえていて、いくら僕が嘆願してもイかせてくれなかったんだ。

「一緒にいきましょう」

 耳元に囁かれて、ぞくりとした。とたんに僕の昂ぶりをぎゅっと圭が掴んだ。僕のソコも彼自身をぎゅっと締めていて、思わず圭が息をのんで、僕の腰を強すぎるくらいに握りしめた

 今の言葉だけでもイけたのに・・・・・!

「まだですよ」

 そう囁くと、徐々に抜きさしするテンポを上げていった。

「あ・・・・・ああ・・・・・ああん・・・・・ああんっ!け、圭っ!!こすってるよ・・・・・僕の奥が・・・・・!」

「ええ、いいですよ。もっと声を聞かせてください。君の声は最高だ!」

僕は彼のうながしにすっかり乗せられて、普段だったら言えないような言葉もさえ口に出て来る

「い、いいよ。そ、そこ・・・・・もっと、もっとぉ!突いて、もっと僕をぐちゃぐゃにかき乱して!・・・・・溶ける溶けちゃう・・・・・!圭っ!!」

 バニラの甘く濃厚な香りに咽びながら、僕らは二人で手に手を取ってダイブする高みへと上り、急落した。




 めまいさえ起こすような息切れで僕は胸を波立たせ、酸素をむさぼっていた。目の前がくらくらする。

 でも、からだはうずいたままで満足しきっていないんだ。

「悠季?」

 圭の声が僕をうながす。僕はその声だけですっかり気分になってくる。

 イってもまだ堅い圭の砲身がずるりと抜き取られていき、僕は思わず息をのんだ。

 圭は床に座りなおすと、僕に向かって手を差し伸べた。

「さあ、こちらへどうぞ」

「・・・・・ん」

 つまり、続きをしたければ自分から来なくちゃいけないってことだ。

 僕はのろのろとソファーからからだを起こし、彼のそばに行くと両足を跨いで姿勢を整えた。彼のペニスはまたスタンバイ出来ていて、いつでも僕を迎え入れられる用意が出来ていた。

 圭の両手がふらついている僕の腰を支え、彼の刀身を収める場所へと導いてくれる。尻肉を掴んで広げるとぐいっと押し込んできた。

「ああっ!」

 一気に飲み込んでしまったもので、僕はその刺激にのけぞり駆け上ってくる強烈な快感にもだえた。

 彼の腹にこすられている僕のモノからはとろとろと絶え間なく滴りが落ちて圭を濡らしていた。ひやりとまた僕の上に欠片が落とされ、甘い香りが僕をまたくらくらとさせていく。

 僕が必死に息を整えていたのに、圭は待たずに突き上げを始めてしまった。

「け、圭っ!ま、待って!ま、まだ・・・・・あっ・・・・・ああ・・・・・ああんっ!!」

 僕が悲鳴を上げても聞いてくれなかった。荒々しい突き上げにグラインドが混ざり、僕はあっという間に快楽の嵐の中に巻き込まれていた。

 いいだけ声をあげ、自分から腰を振って圭をむさぼり続けた。

「け、圭。キ、キスして・・・・・」

 彼の唇をねだった。上の口と下の口の両方を責められて、僕は行き場が無くなっていくような恍惚感の中で熱くほとばしらせてイき、そして・・・・・失神した、らしい。







 ぽちゃん。

 気がつくと僕は温かな風呂の中に入っていた。圭は背中から僕を支えてくれていた。

「とてもよかったですよ」

 そう言って、満足げな猫のような目つきをして笑っていた。

「・・・・・やりすぎだよ」

 僕は恥ずかしくってさんざんに文句を言ったけど、あれだけヨがっていたんだから僕だって共犯ってことになる。

「君からすばらしいプレゼントを頂いたようで、嬉しかったですよ」

 なんて言ってくれる!

「アイスクリームであんなにおかしくなるなんて、どうかしてたんだ」

 僕は憮然となって言った。もしかしたら君がシャンパンに何か入れたんじゃないんだろうね?

「実は、バニラは媚薬の効果があるそうですよ」

 すました顔で圭が言った。

「まさか!」

 信じられない。

「でも、君は感じていたでしょう?」

 感じてたまらないバリトンの声がささやく。

「ぜひまたあの美味なアイスクリームを味わいたいですね」

 僕は思わず圭の頭をはたいていた。

「ばかっ!」

 相変わらず恥ずかしいセリフをぬけぬけと言ってくれる!

 急いで湯船から上がろうとしたけど、腰が立たなくって洗い場に転げそうになってしまった。

「悠季、気をつけてください!」

 圭の強い手があやういところで僕のからだを抱きとめてくれた。そして軽々と僕を横抱きにして風呂から連れ出してくれた。

 ラベンダーの香りがするバスタオルで拭い、そのまま寝室へと運び上げてくれた。あんなにハードなセックスをしたというのに、圭はまだ体力があるらしい。

「またこんな夜を過ごしたいですね」

「・・・・・その気になったらね」

 僕はため息と共に彼の嬉しそうな笑顔とキスを受け入れた。

「でも、音楽室の掃除は君に任せたからね。綺麗にしておいてよ!」

「ええ、あんな素晴らしい一夜の代償としたら容易いものです」

 





 翌日、圭はとんぼ返りでまた仕事へと出かけていった。

 タフだなぁ。僕は腰に力が入らなくなって、その日はへろへろだったっていうのに。

 音楽室は、圭が約束どおりに早くに起きて周囲を綺麗に掃除していってくれたから、僕が起きた時には何事もなかったようにきちんとなっていた。

 でも、ソファーや床にバニラの匂いが染み付いてしまったのか、音楽室の中には数日バニラの匂いが漂っていて、自主練習にやってきたフジミの人たちに不思議がられた。

 僕はと言えば、必死で赤面しそうなのをこらえていた。だって、誰かがバニラの匂いがすると言うたびに、仕事を終えて 帰ってきた圭がこちらに思わせぶりな視線をちらりと送ってくるのがわかったから。











 当分アイスクリームは食べられないことになりそうだ。













2006年には11年目。鋼婚式ですね。
きっと今もずーっとラブラブなんでしょうね。(笑)



2006.8/12 up